本jojo

□二人の間の
1ページ/2ページ


ぼくの家に招いたやどりが、怒って帰ってしまったのは、昼過ぎのついさっきのことだった。
きっかけがなんだったかは正直覚えていない。始まったのはたった何十分か前のことなのに、売り言葉に買い言葉、元の問題なんてどうでもよくなって、言い争いの果てにやどりは玄関から飛び出した。
いつも、こういう、恋人(未だにぼくはこの呼び方には慣れないが)との時間を過ごしたときは、口づけなんかして別れるのがセオリーじゃないのか。少なくともやどりとこうして会ったときは、そうやって別れていた。極めて平和に穏やかに。ぼくたちはそうしていた。
なのに今日は、やどりはそんなそぶりを見せることもなく。もちろんぼくだって。そりゃあ、少しは気になったさ。どうするんだろう、って、思ったけれど。
こんな雰囲気の中することでも、言うことでもない。平和でも穏やかでもないケンカの空気。やどりは家を出たからいいが、ぼくはこの空気の家に、取り残されなきゃあいけない。まったく、くだらないな。
ため息をつきたくなったが、なんとなくそれはためらわれて(別にやどりに申し訳ないとかじゃあなく、それをしたらいよいよ僕が惨めな感じがするからだ)、ただこの静けさを払拭するために、テレビを点けた。
内容なんてもちろん頭に入るはずがない。いや、見るはずないと思って、ただ点けただけだ。きっとこうしてぼくが、テレビを見たり見なかったりしている間に、やどりも少しは頭を冷やして連絡をよこすだろう。
ぼくはケータイを気にする。だけど、メールも電話も来ない。いや、今に来るはずだ。馬鹿なやどりのことだから、口喧嘩したことなんて忘れて、電話を寄越すはずだ。
ぼくはまたテレビに目をやった。そろそろやどりが出て行ってから時間が何分か経っているはずだ。そう思ったが、テレビに表示されている時間は、ほんの10分ほどしか進んでいなかった。どうやらこんなふうに、なにかを待つ時間は、長く感じられるらしい。
…ぼくは待つのが嫌いだ。どうして僕が他人なんかのために待たなきゃあいけないんだ。それにやどりからこの場合は連絡をしてくるべきだろう?…だけど、間抜けなアイツのことだ。もしかしたら今のこの10分の間に、側溝に落ちたとか、犬に追いかけられているとか、情けないことに巻き込まれているのかもしれない。仕方ないから、ぼくから連絡をしてやるか。
全然、ぼくは、やどりからの連絡なんて心待ちになんてしていない。本来はやどりから来るべき電話を、そんな状況じゃなくなっているであろうやどりに代わって、カワイソーだからぼくからしてやるだけだ。
ケータイを手に取って、やどりへの発信画面を開く。なかなか発信ボタンが押せない。指がためらうような動きをしている。気のせいだろう。ぼくはやどりへ電話をかけた。


「――もしもし」

「!」

「…なんですか?」

「…どうやら無事みたいだな」


出ないかも、と思っていた。出ても、不機嫌だろうって。
だけど、電話口のやどりは。不機嫌、かのような受け答えをしてはいるが、声が、少し弱々しい。それに、電話に出たのはワンコールでだった。待ってなんかいないって振る舞いたいらしいのに、それをやりきれないでいる。やっぱりやどりは間抜けだな。


「無事って…?なんの話」

「いいや、なんでもない」


ぼくはちょっとほっとして、口の端が上がっていくのを感じていた。これは、やどりが電話に出たことに対して安心しているんじゃあない。決してない。ただ、間抜けなやどりがぼくに連絡できないほどのケガでもしていたら、ぼくが後味悪くなるだけだからだ。それだけだ。…まぁ、間抜けなのには変わりなかったが。


「なぁ、やどり。戻って来いよ、サンジェルマンでサンドイッチでも買って。好きなだけ買ってくるといい。ぼくは君の相手で随分腹が減った」


まだ昼は、なにも食べてなかっただろう?
そう言うと、やどりからは、少しの間の後に、うん、と返事があった。


「気をつけて来いよ」

「…うん」

「待ってるからな」

「…うん」


電話を切って、テレビを消した。また静かな部屋に戻ったが、ぼくはもうちっとも、それは気にならなかった。そして、やどりがサンドイッチのたくさん入った袋を下げて、この部屋に帰ってくるときには、今よりももっと、テレビの音よりももっと賑やかになるだろう。

いつも。たった一言、言うだけなのに、ぼくもやどりもそれができないでいる。だがぼくは、強情なガキのやどりとは違うから、最後には折れてやるよ。
だけどその時には、やどり。ぼくが君を許してやる分、君からは、キスを返してくれてもいいんだぜ。










‐二人の間の‐


→J's LOVE SONGシリーズについて
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ