本sdr2

□ハッピー・ミュージック・アワー
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「いっ…たい」


あろうことか私には、舗装された道で転び、そしてそのまま山の中へ転がり落ちるという、まぬけな事態が起きていた。
転んだ時って、いっそ誰かに笑ってもらった方が、気持ちが楽だよね。でもここには私しかいない。見回しても目に入るのは、木、木、木。


「最悪…」


一人ごちてみても、誰にも届くはずがない。
みんなに置いて行かれても、ただまっすぐ、頂上を目指して坂を登っていればよかっただけのことなのに。どうしてこう、うまくいかないんだろう?
落ちたままの態勢から、とりあえず立とうと身を起こすと、それだけで足首に痛みが走った。見ると、心なしか赤くなっている気がする。くじいてしまったようだ。
ちょっと休んでから歩き出そうか、と思ってはみたものの、先程確認した通り、目に入るのは木、ばっかり。転がり落ちてきたのだから上に行けばいいのかな?と見上げても、私がいるところはちょうど両脇が坂のようになっていて、どちらがその落ちてきたところなのかはわからなかった。
かと言って、やみくもに歩いてみる勇気もない。また万全な体調ならまだしも、この激しく痛む足でどこまで歩けるのか。
はぁ、とため息が漏れた。自分の情けなさと呆れからくるものだった。よく小さい頃も迷子になっていたなぁ。今の状況を考えるのに疲れて、つい思考が寄り道をする。
…迷子?寄り道?
そうだ、スーパーとかで迷子になったときは、移動をしないで同じところにいなさいって、お母さんにずっと言われてた。せっかく探してても、移動されていたらお互いに同じところをぐるぐるするはめになるからって。もしかしたら今回もきっと、じっとしていたら見つけてもらえるかもしれない。
なんだ、よかった…ここにいれば、誰かが探しに来てくれる。
…あれ?でも誰が?


「…私がいないって、みんな気づいてるかな…?」


少しの時間の休憩でも忘れ去られた私。ましてや、今頃頂上に着いて浮かれているみんなが思い出すはずもない!


「詰んだ…」


千秋ちゃんじゃないけど、私の頭に浮かんだのは「GAME OVER」の文字。


「それにそもそも、まぬけに山道をごろごろしたなんて思わないよね!」


一人寂しくて突っ込んでみたけど、もっと寂しくなるだけだった。寒い。
!そうだ、山登りで汗がにじむ気候とは言え、日が傾いてくるとどんどん寒くなるはず。どうしよう、このまま夜になっちゃったら…。
嫌な考えは、一つ浮かぶともうとまらなくて、次から次に私を不安にさせてくる。ここ、熊とかいるのかな?おなかがすいたけどごはんも食べられないし、暖をとる方法だって思いつかない。
どうしよう、どうしよう。
今ここで叫んだら、誰か気づいてくれるだろうか。大きな声を出す自信はあんまりないけれど、たまたま道が近くで、通りがかった人が…。
よし、と思って、息を吸い込んだときだった。

♪〜〜


「メール…!」


シンとした山に、着信音が鳴り響いた。そうだ、ケータイ!最初から思い出していればよかった。これで電話をすればいいんだ。
ほっと胸を撫で下ろしながらケータイを取り出すと、ディスプレイに出たのは「左右田くん」の表示。


「はぁ、気づいてもらえてた…」


嬉しさと安心で、ほとんど泣きそうになりながらぎゅっとケータイを握り締める。涙をこらえつつ、早いところ誰かに電話をしようと震える手を開いてもう一度ケータイを見た。
でも。


「…え?…」


ついさっき見たはずの「左右田くん」、だけでなく、なにも表示されていないケータイ。
もしかして、これは。


「電池切れ、かな…?」


私は今度こそ、こらえきれずに涙を流した。本当に、うまくいかない。









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