大きな栗の木の下で
□[番外編]胡蝶の夢
1ページ/3ページ
バレンタインデーなどというイベントは、僕には生涯縁のないイベントだと思っていた。
それが、7年生になって突然、身近なものになった。
正直どうしたらいいのかさっぱりわからない。
デートに誘うべきだということはわかっている。
ちょうどいいことに、2月14日はホグズミード休暇だ。
でも、完璧なデートをする自信はない。
家柄を考えても、マロンはきっとエスコートされることに慣れている。
それに比べて、僕は誰かを誘ってどこかに行くという経験がない。
頼りない男だと呆れられたらどうしよう。
つまらない男だと愛想をつかされたら、僕は立ち直れない。
そんなことばかり考えて、寝不足の日々が続く。
それでも僕はなんとかマロンを誘うことに成功した。
***
当日の朝、エイブリーが「あの店に行くのか?」とニヤニヤしながら寄ってきた。
「カップルのたまり場に?」「お前が?」と、完全に面白がっている。
「行きませんよ」
横から会話に混ざってきたレギュラスの手に教科書が3冊乗っているのを見て、僕は大事なことを思い出した。
僕は、レギュラスのレポートを全て肩代わりしなければならないんだった。
「今週の分です。お願いしますね」
「レギュラス、今週だけ見逃してくれ。マロンとデートの約束をしているんだ」
「知ったこっちゃない、です」
レギュラスめ。
僕らの関係をぶち壊す気か。
そう言ったら、「関係を修復してあげたのは誰でしたっけ?」と返された。
「修復は、自分でした」
「先輩たちが今も付き合っていられるのは?」
「……レギュラスのおかげだ」
「ですよね」
それじゃあお願いしますと押し付けられた宿題は、魔法薬学と魔法史と古代ルーン語だった。
僕は古代ルーン語をとっていないっていうのに。
*
『あー、レギュラスの頼みなら仕方がないね』
怒られることを覚悟で行けなくなった旨を伝えると、マロンは残念そうにしながらも、笑顔で受け入れてくれた。
しかも、手伝ってくれると言う。
任せていいのだろうか。
マロンが決して頭が良いわけではないと知っていた僕は、一抹の不安を覚えた。
しかし、マロンは古代ルーン語が1番の得意科目だと言った。
新たな一面の発見だ。
『2回目だから早いよ』と言うだけあって、マロンの手はすらすらと動いていく。
本当だったら今頃はあの手を握っていたのにと思うと、ため息しか出てこない。
『そっちは去年と違う内容なの?』
「ああ、でも問題ない」
嘘だ。
問題はある。
寝不足が祟って、本の内容がちっとも頭に入ってこない。
それに、隣に座るマロンが気になって、正直宿題どころじゃない。
本の活字をなぞるマロンの指先の爪はきれいな桜色に染められていて、唇にもうっすらと同じ色が乗っている。
服も初めて見るものを着ているし、スカートはいつもより少し短い。
僕とのデートのために――。
そう思ったら、なんだか体が熱くなってきた。
ダメだ。
集中しなくては。
さっさと終わらせて、マロンとゆっくりしたい。
こんな、談話室とかじゃなくて、どこか2人きりになれる場所で。