偽りの夜想曲

□01.夏休み
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ノア・ツクヨミはいろいろな意味で、きわめて普通ではない女の子でだった。

まず、1年で1番退屈なのが夏休みだった。

第2に、宿題をやりたくて仕方がないのに、終わってしまうのがもったいなくて手をつけられずにいた。

その上、ノア・ツクヨミはたまたま魔女だった。


(さらにびっくりなことに、ノア・ツクヨミはこの世界の人間ではなかった……)


真夜中近く、ノアはベッドに寝転がって本の冒頭部分を自分に置き換えて遊んでいた。

本のタイトルは“ハリー・ポッターとアズカバンの囚人”。

きわめて普通じゃないと記されているのは主人公の男の子で、ノアと同じ魔法魔術学校に通う男の子でもある。

今頃ハリーはノアと同じ様にベッドに腹ばいになり、頭から毛布をすっぽり被って宿題をやっていることだろう。

どういうわけか、ノアは幼い頃から愛読していたファンタジー小説の中に入り込んでしまったのだ。


(それにしてもこの本、どうなってるんだろ)


ノアは分厚い本をパラパラとめくり、最後までいくと本をひっくり返したり灯りにかざしてみたりした。


数日前、ノアがホグワーツで荷造りをしたときには、間違いなく第2巻の“ハリー・ポッターと秘密の部屋”だった。

それが家に帰ってトランクから取り出したときには、タイトルも中身もまるっと第3巻に入れ替わっていたのだ。

1年前もそうだった。

この本はなぜか勝手に、“その年”を記したものに変わるようになっている。


(まんま11冊あるなら、私と一緒にトリップしたって考えられるんだけどなぁ)


トム・リドルの日記のように、インクが勝手に消えて浮かび上がっているのか。

それともまるごと1冊、別の本とすり替えられているのか……。

仕組みはわからないが、この本に何らかの魔法――つまりこちらの世界の手が加わっているのは確かだ。


誰が?

何のために?

なんて考えたところで答えが出るわけがないのだけれど、この本を頼りに生きているだけに、トリップ特典と割り切ってしまうのは少々怖い。


(ここの世界の人たちにとっては、私まで含めて気味悪いだろうけどね)


ハリーなんて、普段の行動や心情からして筒抜けだ。

たまったもんじゃないだろう。


スネイプ教授も、この本の存在を知ったら発狂してしまうかもしれない。

だってこの本には、彼がいじめられていた過去も、人生をかけた純愛も、ばっちりきっかりダイジェスト版で載っているのだから。



「ノア?ま、まだ起きているのですか?」

『もう寝まーす』



ノアは廊下から顔を覗かせた男におやすみを言い、ランプを消して布団にもぐりこんだ。
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