偽りの夜想曲
□15.あなたと私のご褒美
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ノアは夕日が差し込む無人の廊下を歩いて校長室へ向かった。
数メートル先には肩を怒らせてずんずん進むルシウス・マルフォイがいて、包帯をぐるぐるまきにしたドビーが怯えながらついていってる。
入り口が見えてきたところでノアは立ち止まり、ガーゴイル像の向こう側へ消えていく2人を手前の廊下から見送った。
本当は校長室の中まで追いたいが、透明マント1枚ではダンブルドアの目をごまかせる気がしない。
ドキドキしながら待つこと数十分。
ルシウスがドビーを蹴飛ばしながら出てきた。少し遅れて、ハリーがガーゴイル像の間から飛び出してくる。
ハリーは大きな声でルシウスを呼び止めた。
「マルフォイさん、これはあなたのでしょう」
「……私の?何のことだね?」
「お分かりのはずです。あなたがノアに渡した日記なんですから」
ハリーは日記をルシウスに押し付けた。
遠くてよくわからないが、靴下を忍ばせてあるとみて問題ないだろう。
そうじゃなきゃ、わざわざ追いかけてくる意味がない。
「本当はノアにやらせる気だった。だけど運悪くノアは日記を落とした。そして本当に運の悪いことに、そこに組分け中のジニーのトランクがあった」
「運悪く入ったと――そう言うのかね?」
ルシウスは日記をドビーに持たせ、ハリーの推理を鼻で笑った。
「少し考えたらわかりそうなものだが……偶然を理由に他人を疑うことがどれほど愚かか」
「それじゃわざとだ」
ハリーが力強く言った。
初めからそうに違いないと思っていたような言い方だった。
「よく考えたらおかしいことだったんだ。汽車に乗り遅れるなんて普通じゃないし、学校についたとき、ノアは先に1人でいなくなった」
「だとしても、私には関係のないことだ」
確信を持った目つきでルシウスを見据えるハリーに、ルシウスは不快感を露にして詰め寄った。
「私を疑うからには、それ相応の証拠を見せてみよ」
食いしばった歯の間からルシウスが言った。
ハリーは何も言わなかった。
ルシウスは勝ち誇った顔をし、ドビーに日記を押し付けてハリーに背を向けた。
「ドビー、帰るぞ」
ルシウスは命じたが、ドビーは動かない。
ハリーを見上げた後、恐る恐るといった様子で日記帳を開いている。
ルシウスが振り返り、命令に従わないしもべ妖精を怒鳴りつけた。
「ドビー!」
「ご主人様がドビーめに着るものをくださった」
「なに?」
「ご主人様がドビーめに靴下を下さった!これでドビーは、自由……!」
ドビーはどろどろの靴下を抱きしめて目を潤ませた。
立ち竦むルシウスに、ハリーが得意気にズボンの裾を持ち上げてみせる。
瞬時に何が起こったのか理解したルシウスは、怒りの形相で杖を引っ張り出した。
「よくも私の召使いを奪いおったな!」
「ハリー・ポッターに手を出すな」
杖を振り上げるルシウスの前に、ドビーが立ちはだかった。
そしてパチンと指を鳴らす。
ルシウスは後ろ向きに吹っ飛び、ぺしゃんこになった。
「お前の両親もお節介なやつだった……!」
立ち上がったルシウスは手が白くなるほどに杖を握った。
が、ドビーが長い人差し指を、脅すようにマルフォイに向けているため、引き下がらざるをえない。
「覚えておくがいいポッター、お前もいずれ両親と同じ不幸な目にあうぞ」
いまいましそうに2人に最後の一瞥をなげ、ひっくり返ったマントを正してマルフォイ氏が戻ってくる。
ノアは廊下の隅によってやり過ごした。
はずだった。
目の前で立ち止まったルシウスが、ノアの方をじっと見てくる。
外に何かあるのだろうかと後ろを確認したノアは、窓にうっすら映っている人影を見て息をのんだ。
効果切れだ。
クラブで作るような薬じゃ半日が限界だったのだろう。
星が瞬き始めた空に、薄いベール状の塊が浮かんでいる。
(ま、まずいここでハリーに見つかったらいろいろまずい……!)
まずい、まずいと冷や汗を垂らしながら後ずさりするノアを、薄灰色の目が追ってくる。
存在感の薄いゴーストとでも思ってくれればと思ったが、階段を降りているうちにマントが風でめくれてしまった。
「……ノア・ツクヨミか?」
名前まで呼ばれては、観念するほかない。
ノアは周囲に誰もいないことを確認し、“半”透明マントを脱いだ。
『こ、こんばんは……』
「いつから見ていた」
『大きな音が聞こえて向かったらマルフォイさんがいたので見たのはついさっきですが……マルフォイさんこそ何を?』
「ダンブルドアに会いに来た。戻ったと聞いたのでね……君は――そんなものを被って――あんなところで、何をしていたんだね?」
『ハリーを追って……えと、リドルさんどうなったかなって……』
「……会ったのか?」
目を見開くルシウスにコクコクと頷き、マントを腕にぐるぐる巻きつける。
いくらでもごまかすことはできたが、ふと思い立ったことがあり一部だけ正直に話すことにした。
ルシウスはしばらく思案した後で、ドラコそっくりの目を細めた。
「それが本当なら……あの方は、どんなだった?」
『若かったです。ハンサムで、いじわるでした』
「何か言っていなかったか?あ――自分の友について」
『何も。ハリーが生き延びた理由にご執心のようでした』
日記帳はリドルの指示でジニーに回したと伝えると、ルシウスはほっとしたような表情を見せた。
単に罰を恐れているだけではなく、今の平和に満足している部分もあるのだろう。
やはり復活を望んでいたわけではなさそうだ。
(そりゃそうか)
ヴォルデモートが復活したら、ルシウス本人も家族も危険になる。
ダンブルドアを追い出す代償としては大きすぎる。
『私も友達になりたかったんですけどね……でも消えちゃったみたいです』
「なんと恐れ多いことを……そのようなことは、思っていても口に出すものではない」
ルシウスは子どもっぽい答えに安心したように笑い、帰っていった。