偽りの夜想曲

□07.真夜中の決闘
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『――というふうに、スネイプ先生が私を救ってくれたんです』

「は、はあ……よかった……ですね?」



放課後の小さな訪問者にクィレルはたじたじだった。

日刊預言者新聞を読んでいたところにやってきたノアは『そんなに驚いたらいかにも怪しいですよ』と意味深なことを言い、かといってそれ以上追及するでもなく、今日の魔法薬学の授業について長々と語った。

とりわけスネイプに点数を貰った場面には力が入っていて、うっとりしながら低く嫌味っぽい声を真似し始めたときは気を確かに持てと揺さぶりたい衝動に駆られた。



『贔屓って最高ですね。調子に乗って偉ぶっちゃう気持ちもわかります』

「される側は、そ、そうでしょうね」

『確かにハリーやネビルのことを考えると手放しじゃ喜べませんが……でも、ふふっ、これでボッチ卒業です』

「お、おめでとうございます……それをわざわざ報告に?」
『心配してくださっていたので、一応。それから――』



ノアはキョロキョロと周囲を見回し、口元に手を添えてささやいた。



『やっぱり教えてもらえますか?闇の魔術』

「も、もう打ち解けたのでは?」

『そうなんですけど、せっかくなので学べるものは学んでおこうかなと……駄目ですか?』

「……いえ。いいでしょう」



しぶしぶ承諾すれば『やったあ』と万歳をして喜ぶ。

その姿だけを見れば、ほかの1年生と大差ない。

要求したのがやみの魔術でさえなければ、素直にかわいらしいと思ったことだろう。


(この子は闇の魔術がなんたるか知っているのだろうか)


初対面のときから、ノアはあまりに子供らしくなかった。

身寄りを亡くしたばかりとは思えない落ち着きっぷりで、予言を告げられたときには恐怖すら感じた。

開心術も通じず、ポリジュース薬まで疑ったのに、夜が怖いと泣き出し、カチューシャで喜び、やはり子どもは子どもかと思ったところでこれだ。

魔法を、ではなく、闇の魔術を、と指定してくるあたりに不気味さがある。

あの闇の帝王が興味を示すのも納得だ。



「あの予言は本当に……その、あなたが?」

『……すみません、よく覚えていないんです』



スッと周囲の温度が下がった気がした。

ノアの顔から無邪気さが消えていて、開けてはいけない扉を叩いてしまった気分になる。



「ああ……無意識ですか」



多くの預言者は予言をするときに一種のトランス状態になると聞く。

彼女もそれなのだとしたら、詳しく聞くのは酷だ。

どこかほっとしながら「それならいい」と話を切り上げようとすると、ノアは戸惑いがちに首を振った。



『もし私が言ったことで何か……知らなければ考えなかったようなことや、行わなかったようなことをしようとしているのだとしたら……聞かなかったことにしてくれるとありがたいです』

「なぜ?」

『母が言っていたんです。予言は定めだから。下手に話して、変えようとすると恐ろしいことが起こるって……』

「私はそうは思わない」



俯くノアの言葉を、クィレルはきっぱり否定した。

力強い声だった。


ノアは顔を上げた。

ターバンが目に入り、今のは失言だったと気づく。

闇の帝王はまさに予言を変えようとして恐ろしい目にあった1人だ。



「よ、予言は、恐ろしいことを未然に防ぐことができるもの――い、いわば未来からの警告です」

『警告……ですか』

「ええ。確かに使い方を誤れば、お、恐ろしいことになるでしょう。し、しかし正しく使えばそれは大きな力となる。私はその、おお、お手伝いができる」

『あ、ありがとうございます』



最後の一言がターバンの中に向けて言ったセリフのようにも聞こえ、ノアは『それじゃあ今日はこれで』と言いながらドアまで後ずさりした。


(正しく使えば……か)


ちょっとしたことで大きく変化してしまうことを知っているからこその躊躇を見透かされている気分だった。


(でもハリーは過去に戻ってうまくシリウスとバックビーク……あと自分も救ってるのよね……)


もしあのとき逆転時計を使っていなければどうなっていたのかノアは知らない。

バックビークの処刑シーンも守護霊で吸魂鬼を追い払うシーンも、うまいこと過去と未来でつながっていた。

それこそそうなる定めであったかのように――本来なら水辺でシリウスと一緒に魂を吸われるはずだったハリーが、生き残っている未来のハリーに助けられた。


(アルバスたちのほうが特殊なのかな?)


不十分な逆転時計を使ったから、不具合が起こったのかもしれない。

アルバスの存在は消えたのにスコーピウスの記憶はそのままというのもおかしな話だ。


(もしくは過去への介入方法の違い……)


ハリーは自分が見聞きした出来事が変わらないように動いているが、アルバスたちはそうしなかった。

ダンブルドアは茂みに隠れていたハリーたちに気づいていたから逆転時計の使用を進めたのかもしれない。


(となると知りすぎている私はやっぱり介入できない……でも、ずれたときに軌道修正すれば……)


『……あれ、ここどこだ?』



気づけばまた知らない場所。

ノアに必要なのは闇の魔術でも逆転時計でもなく、地図だった。




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