星の夢を見る人
□しっぽの本音
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ロゼが出て行ってから、シリウスは前足を金庫に入れて慎重に写真を引っ張り出した。
ロゼが“私の恋人”と紹介した男が映った写真は1枚ではなかった。
学生時代に2人で撮ったもの、騎士団のみんなと撮ったもの……懐かしい写真から身に覚えのない隠し撮り風の写真まで、次から次へと出てくる。
(馬鹿やろう……出て行きにくくなるだろうが……)
てっきり全部捨てたものだと思っていた。
怒りっぽい彼女のことだ、事件があった日に衝動的に燃やしていてもおかしくない。
カレンダーの裏に写真を見つけたときも、ただの捨て忘れだろうくらいにしか思っていなかった。
(そうだよな……つけかけるときに気づくよな……)
写真を突きつけて反応を窺うなんて浅ましい真似をするんじゃはなかったと、今さらながら後悔の念が押し寄せる。
彼女にとってこの金庫は、パンドラの箱だったに違いない。
杖やローブなど、魔法を連想させるものごと全部しまいこみ、忌まわしい記憶ごと封印して――
無神経な男によって開けられた今、ロゼからは憎しみや悲しみ、絶望など、ありとあらゆる負の感情に支配されているだろう。
(希望はまだ残ってるのか?)
ロゼの涙と『もうほっといて』という言葉が、深くシリウスの心を抉っていた。
それでもロゼの表情や声に、わずかながらの期待を寄せてしまう。
今ここで打ち明ければ、信じて協力してくれるのではないだろうか、と。
(いや、やめておこう。これは私の問題だ)
写真を戻し、顔を上げて部屋の入り口を見る。
ロゼがなかなか戻ってこない。
と思ったところで、人間よりも優れた聴覚が不穏な単語を捕らえた。
様子を見に行くと、丈の長いマントを羽織った山高帽の男が玄関先に立っていた。
マグルの流行が数十年巻き戻ったのではなければ、魔法族の人間だ。
身構えたシリウスを男は目ざとく見つけ、「あの犬は?」と家の中を覗き込んだ。
『私の新しいパートナーよ。かわいいでしょ』
「寂しい1人暮らしの女性にはお似合いの番犬だな」
思ったとおり、魔法族の中でも古臭い考えを持った連中の1人だ。
「死神犬を選ぶとは……」なんて嘲笑するやつが、ロゼの知り合いのはずがない。
とすると、先ほど聞こえてきた“シリウス・ブラックの件”というのは間違いなく脱獄の件だろう。
帰れ、と吼えてみるが通じるはずもなく、男は眉根を寄せてロゼの腕を掴んだ。
「煩くてかなわないな。場所を変えよう」
『嫌よ。離して。今すぐ帰って』
「私を追い払ってどうする気だ?やつを待つのか?あの大量殺人鬼、シリウス・ブラックを」
『私の前でその名前を呼ばないでって言ったでしょう!』
「そうもいかない。ハリー・ポッターの命がかかっている。お前が仲間なら、鍵のかかる場所に拘束しておかなければならない」
ニヤリと笑う男に、たまらず飛びついた。
腕に噛み付き、ロゼを離したところで頭突きをして転ばせる。
腹に衝撃を受けて吹き飛んだシリウスが身を起こすと、男が腕を押さえながら杖を向けていた。
『やめて!その子は関係ないわ!』
「ならこの犬に言え。死神犬は死神犬らしく、墓場にいろと――」
「バウワウ!バウ!」
『やめてって――言ってる、でしょ!』
男が呪文を言い切るより早く、ロゼが傘で男を殴った。
1発ノックアウトだ。
素晴らしい。
しっぽをブンブン振ってロゼを讃えると、『このおバカ!』と雷が降ってきた。
『保健所に連れて行かれたくなかったら大人しくしててって言ったでしょ!近所の人が通報したらどうするの?さあ中へ入って。怪我はない?』
ロゼは周囲を警戒しながら男を玄関ホールに引き込み、折れ曲がった花柄の傘を立てかけた。
『正当防衛よね?』と片眉を上げたロゼに見下ろされたところで、男の懐から日刊預言者新聞がぽとりと落ちる。
ここまでだ。
もうこの家にはいられない。
シリウスは腰を上げ、怪我の様子を見るために屈んだロゼに鼻先でキスをすると、身体を擦り付けるようにロゼの周りを1周してから半開きになった窓へ向かった。
『あ、待って』
そう言われても待つわけにはいかない。
腕の代わりに尻尾を振って別れを告げ、振り返ることなく庭へ出る。
すると『痛い思いさせてごめんね』『守ってくれてありがとう』という言葉が窓際まで追って来た。