Letters

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「そんなおあつらえ向きな状況で何もなかったの!?」



数日後、話を聞いた先輩は眼鏡から目玉が飛び出るんじゃないかという勢いで驚いた。



「迷子で、助けてもらって、シャワーまで借りたのに!?」

『借りたといっても学校のですからね』

「でも自室だろう?一晩を共にして何もしないとか、あいつ男として終わってんじゃない?」

『だから先輩と一緒にしないでくださいってば。スネイプさんは治療のために呼んだ相手をどうこうしようなんて考える人じゃありません』

「でも治療は森でしようと思えばできたんだろう?」

『それは私がパニックになってたから落ち着かせようと――』

「それこそキスして抱きしめれば一発じゃないか!」



キス。

そういえばされたかもしれない。

でもあれはキスというよりは唇を押し付けられただけの気もする。

駆け寄ってきた黒い影が月明かりを遮ったと思ったときにはそういうことになっていた。

その場の勢いか、無意識か――止まれなくてぶつかっただけという可能性もある。


(でも、されたことにはかわりない……よね?)


黒いシルエットがどんな表情をしていたのかは覚えていない。

ただその後のことは鮮明に覚えている。


リーベの頬は赤らんだが、格好つけて額に手を当て天を仰いでいる先輩は気づかなかった。

悲劇を演じる役者にでもなったかのように「こりゃ駄目だ」と嘆き悲しむふりをして悦に入っている。



「何かきっかけがあればと思ってたけど、きっかけがあっても何もしてこないんじゃもう進展は望めないよ」

『決め付けないでくださいよ』

「だって迷惑客を仕込んだんじゃないかっていうくらい出来過ぎた流れだよ?こんなチャンスもうないって!」

『別に特別なきっかけがなくたって――って、私スネイプさんが好きだなんて一言も!』

「言わなくたってわかるよ。客と店員の距離感じゃないもん。ただまあ、意気地なしってことがはっきりしたからね。やめといたほうがいいんじゃない?」



他人事だと思って、先輩は言いたい放題だった。


(先輩の言い分にも一理あるけど……)


抱きしめた後にキスすることだってできたのに、スネイプは何もしなかった。

それは紛れもない事実だ。

ぎこちないハグの後、ソファで一緒に夕食を食べて、ブランデー入りの紅茶を飲んで、片付けついでにデスクへ向かったスネイプは朝までその場から動かなかった。

リーベが話しかけない限りは言葉を発することすらしなかった気がする。


(別に悪いことじゃないわ)


何の行動にも出なかったのはリーベだって同じことだ。

ずっとソファにいて、夜食食べ放題でよく太らないですねとか、読書中は猫背3割り増しですねとか、どうでもいい会話を重ね、教科書を見せてもらっているうちに朝になっていた。

別れるときにこれから寝ると言っていたが怪しいものだ。

いくら休暇中とはいえ、一睡もせずに夜通し側にいてくれたのに、悪い意味にとるなんてどうかしている。



「奥手もここまでいくと問題だよね」

『真面目で誠実なことに問題なんてありません』

「はいはい。あ、ラブレターが来たよ」

『ただの発注書ですっ』



ニヤニヤする先輩からフクロウ便をひったくり、急いで中身を確認する。

後から覗き見た先輩が大きなため息をついた。



――Ms.エピストーレ

話しそびれていたが、実験の結果は良好だった。君の推測は概ね合っているように思われる。(詳細は別便の方に)
手間はかかるがうすのろたちにはちょうどいい。

引き続き授業を使って様々なパターンを確認してみようと思う。
都合のいいことに4月に毒を扱う授業がある。
故に今シーズン最後の6年生の材料を倍にしてほしい。失敗するやつらが多いであろうからな。
 
12月30日
ホグワーツ魔法魔術学校 魔法薬学教授
セブルス・スネイプ――



「堅苦しいなあ。せめて“大丈夫か?”の一言くらいあってもいいのに」

『こっちはこれでいいんです』

「こっち?そういや別便って何のこと?」

『発注に関係ないことは別にまとめてくれるんです』

「愛の言葉とか?」

『実験結果のレポートとかですっ』



いちいち先輩がうるさいため、リーベは適当なことを言って手紙をしまった。

箱に詰まった封筒を見て、ふと隠し箱のことを思い出す。

思わず頬が緩んだところを先輩が目ざとく見つけた。



「もー、リーベのほうからアプローチしちゃいなよ」

『嫌ですよ。余計なことして取引打ち切られたらどうするんですか』

「嫌われたくない、でしょ」

『……それは、まあ、それもありますけど』

「だーいじょぶだって。あんなわかりやすいやつ他にいる?ってくらい態度違うじゃん」

『それは先輩が嫌われてるからじゃ……』



リーベへの態度が特別良いというわけではなく、先輩への態度が特別悪いのだ。

そうリーベは主張したが、先輩は肩をすくめて首を横に振った。



「いーや、違うね。だってあの教授のこと褒めてんのスラグホーン先生とリーベくらいだもん。あとはみーんな“暗い”“汚い”“嫌い”――」

『ちょっとそれひどくありません?』

「俺が言ってるんじゃないよ。周囲の評判。あの人相当な嫌われ者だよ」



リーベだって知ってるでしょと言われれば否定はできなかった。

学生時代に触れられると激昂する姿からみてもいい人間関係を築けていたとは思えないし、生徒たちにも遠巻きにされている。

親は子どもの話を鵜呑みにするだろうから、ダンブルドアのように信頼され好かれているとは思えない。


しかし、だからといって肯定するつもりもなかった。

確かに見た目は少し怖いし愛想もないが、そんな悪い人じゃない。



「さて、“愛しのスネイプ教授へ”――っと」

『ちょっと何勝手に書いてるんですか』

「ラブレターだよ。恥ずかしがりやの後輩のために先輩が一肌脱いであげる」

『やめてくださいそのくらい自分で書けますから!』

「言ったな」

『う……か、書けばいいんですよね書けば!』


(渡すとは言ってないですからね!)


心の中で屁理屈をこね、リーベは作業場へ逃げた。



***
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