偽りの夜想曲
□08.トロールの襲撃
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忍びの地図を手に入れてからのノアの学校生活は、それまで以上に充実したものとなった。
道に迷って無駄な時間を使わなくてすむようになったのはもちろん、安心して城の隅々まで見てまわることができるようになったことが大きい。
毎日あちこち歩き回っては『わあ!隻眼の魔女だ!ここからホグズミードに……』と像を上下させて遊んでみたり、『へー、おべんちゃらのグレゴリーの銅像ってこんななんだー』と“おべんちゃら”がなんたるかを確認したり――
地図と実際の風景を結び付け、覚えた目印を手製の地図に書き込むつもりで始めた放課後の冒険は、いつしか城探索そのものが目的になっていた。
(わっ。もう4時だ)
ノアは『いたずら完了』といつもの呪文で遊びの時間をしめ、勉強モードへと頭を切り替えた。
毎日4時から30分、にんにくの香り漂う教室で闇の魔術を教えてもらい、その後地下牢教室へ向かうのもノアの日課だった。
『今日は教えてほしい魔法を書き出してきました』
「こんなに?他人に日記を読まれないようにする呪文、心を読まれないようにする呪文、記憶を奪う呪文、姿を消す呪文、武装解除……や、闇の魔術ではないものばかりですね」
『実用的なものから順に選んだらそうなっちゃいました』
「いったいどこで何に使う気なんです……」
クィレルはブツブツ言いながらもリストをレベル順に直した。
優先順位の高いものから並べていたノアはちょっとだけがっかりしながら席につく。
『闇の魔術といえば、服従の呪文ってどんな生物にも効くんですか?クモやゴブリンに効くことは知ってるんですが、他にもたとえばケンタウルスとか人狼とか――トロールとか』
「……お、大きいほうが難しく、賢いほうが難しいというのが一般論です」
『ということは?』
「効くには効く……術者の才能によりですが……な、なぜそのようなことを?」
『単なる学術的興味です。いろんな呪文を覚えるより、服従の呪文で大人しくさせるのが手っ取り早いんじゃないのかなと思っただけです』
「ケ、ケンタウルスや人狼を?……き、禁じられた森に行く予定でも?」
『ないですよー。あ!森といえば、この前の授業で森が一望できるくらいまで高く飛べたんです!』
あまり深く突っ込まれると困る質問だったため、ノアは話題を切り替えた。
『風が気持ちよくて、遠くまで見渡せて……感動しちゃいました。ホグワーツってどこ見てもきれいですね!私ここの生徒になれて本当によかったです』
「は、はあ……」
『あと、湖に住む大イカっていうのもついに見つけました。そうだ、スリザリン寮の窓から見えるのが湖の中だって先生は知ってました?私は知らなくて、入学式の次の朝に窓の外を魚が泳いでいるのを見てびっくりしちゃいました。そんなに遠くまで地下が広がっているなら迷子になっても仕方ないですよね』
「そ、そうかもしれませんね」
ノアは話し続け、クィレルは頷き続けた。
「ふ、普通からそんなに話すのですか?私が聞く限りでは、あなたは大人しく真面目で勤勉な生徒だと……」
『だって、寮ではしゃいだらまたおのぼりさんって言われちゃいますもん』
「だから隠していると?」
『そうですよ。でもクィレル先生は私のこと馬鹿にしないし、家族だからいいかなって』
頬杖をついたノアがにっこり笑ったところで、教室のドアを叩く者があった。
ノアが口を閉じ、羊皮紙を片付けたのを確認してからクィレルが返事をする。
入ってきたのは、全身どころか空気まで黒一色を纏ったスリザリンの寮監だった。
「せ、セブルス?い、いったい何の用で――」
「人探しだ」
スネイプはローブと同じ色の目を教室内に走らせ、ノアを見つけると眉根を寄せた。
(やばっ)
その眉間に深々と刻まれた皺を見て、ノアがハッとする。
立ち上がって時計を見れば、4時50分。
地下牢教室を使いたいから開けてくれと頼んだ時間を5分も過ぎている。
『すみませんすぐに移動します!』
「そうしたまえ。でなければ――」
2度と使わせないと付け加えようとしたときには、既にノアの姿はなかった。
スネイプはフンと鼻を鳴らし、バタバタと走っていく音だけが聞こえてくる廊下から視線を外し、部屋の中に残ったターバン姿の男へと移した。
「ずいぶんツクヨミに目をかけているようだが、過剰な接触は何か企みがあってのことかと疑われても仕方ありませんぞ」
「わ、私はただ、せせ、生徒の質問に答えているだけで……た、企みなんて、な、何も……」
「授業は週に1〜2回。にもかかわらず毎日、同じ時間に呼びつけ、質問に答えているだけだと――そのような嘘がまかり通るとでも?」
「う、嘘ではない。いい、言いがかりだ……」
「では本日はどのような話をしたのかお聞かせ願おう。1年生の内容で、時間を延長してまで御高説垂れるほどのものがいかほどのものか、我輩も非常に興味がある」
「せ、セブルス、あ、あなたが闇の魔術に対する防衛術教師になりたがっていたのはし、知っている。しかしだからといって、わ、わた、私の授業内容に口を挟む権限は、な、ないはずだ……」
どもりながらも、クィレルはしっかり言い返した。
「そ、それに、べ、別の授業の話をしてはいけないという決まりもない。ノアにだって、し、質問をする相手を選ぶ権利がある」
「つまり――他の教科の質問も受けていると――そう言い逃れるつもりか?」
「い、言い逃れではない。わ、私が信用できないのであれば、あ、あの子にき、聞けばいい」
「……いいだろう。そうしよう」
スネイプはもうひと睨みしてからローブを翻し、靴音を響かせて地下へ向かった
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