偽りの夜想曲
□07.真夜中の決闘
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その日の午後3時、ノアはパンジーたちと一緒に正面玄関から外へ出た。
よく晴れた少し風のある日で、足元の草がサワサワと波立っている。
斜面を下り、校庭を横切って平坦な芝生まで歩いていくと、校庭の反対側に生い茂った木々が揺れる森が見えた。
「ろくな箒がないな」
先に来ていたドラコが、地面に並べられた箒の間を歩きながらブツブツ文句を言っていた。
ドラコ曰く、箒にはそれぞれ個性があり、手入れを怠るとどんどん能力が失われていくということだった。
「1年生の個人箒の持込みを禁じるなんてまったく馬鹿げているよ。ああこれなんかはまだマシだな。クラッブ、ゴイル、お前らはあれを使え。重さに強いはずだ」
『見ただけでわかるの?』
「だいたいな。お前らの分も選んでやるよ」
ふんぞり返ったドラコはテキパキと箒を仕分け、グリフィンドール生が来る前に“ろくでもない箒”を向こう側に追いやってきれいに並べた。
(わあ、さすがスリザリン)
ノアを含めて誰一人としてドラコの行為を咎める者はいない。
パンジー達は「すごいわ」「ありがとうドラコ」と熱い眼差しを送っているし、ノットですら無言で箒を受け取っている。
3時半ギリギリにやってきたグリフィンドール生は、何も知らないまま残された箒の横に並んだ。
「右手を箒の上に突き出して――そして、上がれ!と言う」
マダム・フーチの指示で、皆が「上がれ!」と叫んだ。
1回目で飛び上がった箒は少なかった。
そのほとんどがスリザリン生であったことにドラコはニヤリとした。
が、対面でハリーがしっかりと箒を握っていることに気づき、面白くなさそうに舌打ちをした。
しばらく「上がれ!」の大合唱は続いた。
ノアは3度目の正直で箒を手中にし、ほっと胸をなでおろした。
(よかった。乗る練習しかしてなかったからちゃんと上がるか心配だったのよね)
周囲を見回せば、ドラコの選定のおかげなのかハリーの言う“馬と同じ原理“なのか、スリザリン生はクラッブとゴイルを含めて全員が箒を手にしていた。
(ああでもクラッブってば顔の真ん中に真っ赤な線がある……)
柄がぶつかりでもしたのだろう、見るからに痛そうだ。
しかし本人は鈍すぎて気づいていないのか、ドラコと一緒になってピクリともしないネビルの箒をあざ笑っている。
「次は箒のまたがり方です!」
マダム・フーチが実際にやって見せ、それから生徒たちの列の間を回って箒の握り方を直す。
ドラコが間違った握り方をしていたと指摘されると、ハリーとロンがネビルの敵討ちだとばかりに大喜びした。
(あちゃー、もう完全に犬猿の仲ね……)
「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください」
マダム・フーチのカウントダウンで箒を握りしめる生徒たちの中、ノアはこっそりローブに隠し持った杖を握った。
クィレルの言葉を受けて生じた、ちょっとした気の迷いだった。
『ウィンガーディアム・レヴィオーサ!』
フライングしたネビルが箒から振り落とされる前に呪文を言い切れたのは奇跡に近かった。
暴れ馬のようだった箒は10メートル上空でピタッと静止し、羽のようにふわふわ舞いながら高度を落としてくる。
ネビルの泣き声と、グリフィンドール生の歓声と、スリザリン生のがっかりする声がいっぺんに聞こえた。
「泣き虫のチビデブ小僧なんて放っておけばいいのに」
(やば。ハリーの箒の才能を見せなきゃいけないんだった)
パンジーの声で重大なことを思い出す。
どうしようと思った瞬間、箒が暴れだし、力を抜いていたネビルはあっという間に振り落とされた。
歓声はたちまち悲鳴に変わった。
数メートル上方から落ちてきたネビルは、ノアを下敷きにして芝生に着地した。
息が詰まるほどの衝撃を受けながら、ああそうか自分が医務室へ行けばいいのかとノアはとっさに考えた。
「まあ、なんて無茶をするんでしょう!」
「ご、ごめん!だだ、大丈夫!?」
『大丈夫です……気にしないで……』
息も絶え絶えになりながら、泣きべそをかくネビルのポケットから零れ落ちそうになっている思い出し玉を掠め取る。
あとはこれをドラコに渡せば元通りだ。
駆け寄ってきたスリザリン生の一群からプラチナブロンドを見つけてローブをつかみ、これで仇をと言わんばかりに芝居がかった演技で玉を渡す。
まるで映画のワンシーンのようにガックリうなだれるノアを見て遠くにいる生徒たちが悲鳴をあげた。
「なんかよくわかんないが大丈夫そうだな」
ドラコだけは玉とノアを見比べながら呆れたように呟いた。