Letters
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スネイプが出て行ってすぐ、店先のベルが鳴った。
最初はスネイプが戻ってきたのかと思った。
だが別人だった。
その客は全身黒一色で、鷲羽のついた山高帽を被り、清潔感のある髭を蓄えていた。
数時間前に訪れた女性がそうであったように、戸口に立って店内を見回している。
「1人か?」
太い声が出し抜けに言った。
そうだと告げると、男は鼻を鳴らして中に入ってきた。
ステッキを持つ手にはゴテゴテした指輪がたくさんはめられていて、ポケットからは銀の鎖が覗いている。
どう見ても“作る側”の人ではない。
となるとコレクターか冷やかしのどちらかだ。
(明日は雨ね)
常連のスネイプと薬問屋の店主を含めるとこれで4人目。
1日でこんなにたくさんの人が店に来たのは初めてだ。
珍しいこともあるもんだと思いながら接客に入ったリーベに、男は咳払いをしてそれ以上近づくなといったオーラを出した。
「調査に伺った」
『え?』
「抜き打ち調査だ」
男は繰り返した。
懐から巻物を取り出し、さっと見せる。
1番上に魔法省のマークが印されていた。
が、文章を読む前にしまわれてしまった。
『どういった調査ですか?』
「取り引きを禁じられている品物を売買しているとタレコミがあった。アクロマンチュラの毒を出してもらおう」
『ちゃんと許可とってます』
リーベはきっぱり言った。
詐欺まがいのことをする事はあっても、魔法省の呼び出しに応じなければならないような取引はしていない。
危険なものだって、ちゃんと取り扱いの許可をもらっている。
いくらめんどくさがりだからといって、多額の罰金を支払わされる恐れがある手続きをあの金の亡者が怠るわけがない。
(というかこの人本当に魔法省の調査員……?)
一見お役人に見えるが、部署名も名前も言わないし、書類もチラッと見せただけだ。
調査と言いつつ商品を出せと言ってくるのも不自然だ。
しかも先輩がアクロマンチュラの毒を手に入れたのは2年も前。
今になって魔法省が調べに来るなんてどう考えてもおかしい。
「ぐずぐずするな」
『毒類の取引許可証ならここに――』
まとめておいたファイルを見せようとしたとき、杖をつきつけられた。
やはりそっち系か、と思った。
この店を利用する客は店員同様に一癖ある者が多い。
自分は偉いからタダで貰えると思っている人や、脅せばなんとかなると思っている人もたびたび出てくるらしい。
リーベも1度だけ、店長が脅し返したのを見たことがある。
「偽装という可能性もある。品物と一緒にこちらに渡せ」
『……品物はありません』
「信用できん。倉庫を見せろ」
『お断りします』
「調査、と言ったはずだ。貴様に拒否権はない」
『では書類とバッジをもう1度見せて頂けますか?あとで店長に報告しなければならないので、できれば羊皮紙ごとお預かりさせていただいて――』
「つべこべ言わずに早くしろこの小娘が!」
男の杖先から火花が散り、ランプが2つ3つ割れた。
(どうしよう)
リーベはガラスの破片と油が飛び散る床を見て頭を悩ませた。
こんなときに頼りになる店長と先輩は今日は帰ってこない。
2人だったらどうするだろうかと考えても、堅い頭じゃ妙案が浮かぶわけがなかった。
(無理やり追い出す?でもお店で暴れられたら困るし……)
「早くしろ、と言ったのが聞こえなかったのか?」
『……お断りします』
「なんだと――」
「エクスペリアームス」
呪文を唱えたのは目の前の男ではなかった。
男は杖を奪われ、「誰だ!」と怒鳴って振り返った直後に呻いてその場に倒れた。
開けっ放しの戸口に、背景を黒く切り取る影があった。