わがまま王子と私の365日

□[番外編]わがまま王子と私のバレンタイン
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バレンタインデーは、クリスマスに次いで面倒なイベントだ。

舞台が学校になるということを考えると、クリスマス以上に面倒かもしれない。

そう私に思わせる原因はもちろん、ルシウス・マルフォイという名のわがまま王子だ。

彼はこの日になると、朝から晩まで1日中私に張り付いてくる。



『お早いですね』

「マリアこそ」



無人の談話室で待つこと30分。

カツ、カツ、という落ち着いた足音とともにわがまま王子がやってきた。

くせひとつないプラチナブロンドの髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。

いつもは後ろでゆるくしばっているのに、今日は下ろしたままだ。

ネクタイもしていない。

やはりな、と思ったマリアは、ため息を隠してルシウスの前まで行った。



「マリア、今日の君は一段と美しい。このバラも、君の前では雑草同然だ」

『ありがとうございます。ルシウス様もお綺麗ですよ』

「ふふ、今日はずいぶんと素直ではないか。こんな朝早くから待っているだなんて、よほど私に会いたかったのだろう」

『ええ、そうですね。他の方がいるときにこんなやりとりをするわえにはいいませんからね』



まだ日も昇らないうちに起き、談話室へやってきたのは、誰もいないうちにルシウスとプレゼント交換をするためだ。

カードを送りあうくらいであれば、周囲に誰がいようとどうということはないのだが、漏れなく歯の浮くようなセリフがついてくるのが問題だ。

普段は人目がないときに言うのだが(それはそれで問題なのだが)、バレンタインという日はルシウスの抑制スイッチを消すらしい。



「私のために着飾ってくれるのはありがたいが、他の男の目に触れさせるのは惜しい」

『では1日中部屋に篭っていましょうか?』

「それも悪くない」

『それよりルシウス様、ネクタイはどうされました?髪も』

「ああ、どうもうまくいかなくてね」

『去年も一昨年も同じことをおっしゃっていたと記憶していますが?少しは学習なさってください』

「学習したからこそなのだが?」



暗にわざとだということを認め、ルシウスがマリアに覆いかぶさるようにして壁に手をつく。

やれ、ということなのだろう。

マリアもこうなることまで予測して早い時間に出てきているのだから、あまりルシウスのことを言えない。

が、期待していると勘違いをされても困るので、無言でささっと終わらせて腕を抜け出た。



「誰も来なかったな」

『ええ、助かりましたね』

「今日ばかりは見られてもよいのだが」

『365日、1日たりとも見られてよい日などございませんっ』



わがまま王子の本性がバレたらそこでおしまいだ。

アブラクサス様が必死に築いてきた、マルフォイ家の厳粛なイメージがいっきに崩れ去ってしまう。

それは本人もわかっているはずなのだが、ルシウスは1日中マリアについてまわった。

フクロウが来ればマリアより早く手に取り、誰かが声をかけてこようものなら「監督生の仕事中なのだが」とうそをでっちあげて睨みつける。

女子トイレで後輩に「ナイト様みたいですね」と言われたときは、冷や汗ものだった。



『以前、惚れ薬を盛られたことがあるから、心配してくださっているのよ』

「キャー、それって本当にナイト様じゃないですか!」

「先輩うらやましいです。私もそんなお姫様扱いされたいです」

『あら、使用人の私と主人のルシウス様をそんな風に位置づけたら失礼よ』

「そっか。じゃあ王子様ですね!」



ある意味あっている。

なんてことはとても言えないので、『そうね』と愛想よく返事をする。

素敵な方に仕えられて幸せだと、あくまで使用人であることを強調しておけば角は立たない。

それでも変に勘繰ってくる人がいるわけだが。

だからこそこんな日くらいは大人しくしていてほしいのに、わがまま王子はマリアの願いを聞いてくれない。



『ルシウス様、プライバシーの侵害です』



フクロウ便のチェックを始めたルシウスに、形ばかりの抗議をする。

ルシウスがマリアの一言で手を止めるはずもないのはわかっている。

だが、さらりと「私たちの間にプライバシーなどあってないようなものだろう」と言われると、ため息をつきたくもなる。



「マリア」

『はい』

「こちらの管理は任せる」

『かしこまりました』

「君がもらったものは全て私が処分する」

『……はい』

「何か問題があるか?」

『いえ、お手を煩わせて申し訳ないなと思っただけです。ご自由にどうぞ』



もらって嬉しいという感情は特にないし、なくても困らない。

そう言っておけば、ルシウスは満足する。

甘やかしすぎだろうかと考え始めたときには、ルシウスの手がマリアの腰にまわっていた。

こっそりつねっても叩いても、すました顔をしている。



『マルフォイ家を貶めるおつもりですか?』

「君の気を引こうとする愚か者がいなくなるのであればそれも悪くない」

『ご冗談を』



いい加減に気づいてください。

誰よりも愚かなのはあなたです。
 

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