大きな栗の木の下で

□[番外編]胡蝶の夢
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髪を耳にかけるしぐさに目を奪われていたら、顔をあげたマロンと目があった。

それだけでもドキッとしたのに、マロンは微笑んで、僕との距離を詰めてきた。

勘弁してくれ。



『セブ、これわかる?』

「え?」



真横にぴったりとくっついたマロンは、僕の目の前に教科書を置いた。

僕に古代ルーン語がわかるわけないじゃないかと言いかけ、そこにカードが挟まっていることに気づく。

僕はそれを手に取り、文面に目を通し、バタンと音を立てて教科書を閉じた。

注目されただろうかと思って周囲を見回すが、幸か不幸か、談話室は僕たち2人を残して誰もいなくなっていた。



「これっ、マロンっ」

『バレンタインのカード』



それはわかるが、普通じゃない文を足しただろう。

僕をからかっているのか?

誰もいないときに渡したってことは、本気なのか?

こんな――跡が消えちゃったからつけなおしてほしいだなんて――。



『せっかくのバレンタインなんだから、もっとイチャイチャしよ』

「いや、でも、いつ誰がくるかわからないし……」



って、僕は何を言ってるんだ。

これじゃまるで人前ではできないことまでするみたいじゃないか。

首筋にキスマークを残すことくらい、恥を捨てさえすれば大広間でだってできる。


マロンもなんなんだ。

『じゃあ別の場所に行こう』って、どこだよ。

『誰も来ないところ』って、それじゃ僕を誘ってるみたいに聞こえるぞ。

太ももに手を乗せてくるな!

僕の理性が保てなくなる!



『寝不足なんでしょ?私も眠くて……一緒に寝よ』

「い、一緒にって……」

『セブルス、好き』

「――っ」



上目遣いでキスをされ、何かの限界がきた。

僕は羽ペンを投げ出し、マロンを抱きしめた。

キスは何度も繰り返しているうちに次第に深くなり、歯止めが効かなくて、気づいたときにはマロンを組み敷いていた。

『セブ、セブ』と甘い声で鳴かれるたびに、痺れるような快楽が腕に集まっていく。

さてどこに赤い跡をつけようかとマロンの肌を見下ろしたところで、大きな力によってマロンの上から押しのけられた。







「誰だ!」

『あ、ごめ、マロン・チェスナーです……』

「え……?」



僕は現状を受け入れるまで時間がかかった。

僕の痺れた両腕は、魔法史の教科書の上に乗っている。

隣でうろたえているマロンは服を着ていて、襟元まできっちりボタンが留められている。

ガヤガヤした談話室内には数名の生徒がいて、僕を見て驚いたりクスクス笑ったりしていた。



「夢……?」



そういうことか。

どうりで僕に都合がいいようなことばかりが起きたわけだ。

休日の談話室に誰もいないなんてありえないし、マロンがあんなことを言ってくるはずもない。

全てを理解した途端に、恥ずかしくていたたまれなくなった。



「ね、寝言とか、言ってないよな?」

『うん。たまに苦しそうな声を出してたけど……』



言葉は聞き取れなかったという返事に安堵し、顔を伏せる。

どうか反応してしまっていることに気づかれませんようにと願いながら必死に心を落ち着かせなければならないなんて、情けないにも程がある。



『大丈夫?怖い夢でも見たの?』

「いや……」

『寝不足なら、今日は寝る?』

「ばっ、馬鹿言うな!」



つい大きな声を出してしまってから、慌てて小声で謝った。

マロンは何も悪くない。

悪いのは僕の煩悩だ。

ああいう夢はよく見るし、なんなら起きているときにだって考える。

だからこそ申し訳なくて、まともにマロンの顔が見られない。



『溜まってるんでしょ』

「は!?」

『だから、ストレス。なんか今日のセブルスおかしいよ』



わかってる。

今日の僕はどうかしている。

今日に限らず、マロンが絡むと僕はいつもおかしくなる。



「すまない。デートの約束をしておきながら当日になってキャンセルして、レギュラスの宿題まで手伝わせて、1人だけ寝て、起こしてくれたのに怒鳴って、僕のせいで休みが台無しで、僕は本当に――」

『はいストーップ』



延々と続く僕の懺悔を、マロンは強引に止めた。

僕の手を引いて、談話室を出て行く。
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