大きな栗の木の下で
□[後日談]可愛い子には旅をさせよ
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ターニャを連れて庭に出たセブルスは、栗の木の下に座った。
制服を着なくなったセブルスは、同じポーズをとっていても、学生の時よりもずっと格好良くて色っぽく見える。
まだ成長しきっていない幹にもたれかかり、手紙を見るように俯いているため、前髪で顔が見えなかった。
なんとなく本を読んでいたセブルスを思いだし、私は隣には座らずに正面にしゃがんで前髪を掻き分けてみた。
あのときと同じで、眉間に皺がよっていた。
『え?ホグワーツへ就職?』
隣に座れと私の腕を引いたセブルスは、長い息を吐いてから、私に手紙を渡してきた。
中には“防衛術は駄目だけど、魔法薬学なら歓迎するよ”みたいな内容が書かれていた。
『え?え?セブルスが先生になれるの?ホグワーツの?』
「ああ……魔法薬学ならな」
すごい。すごすぎる。
頭がいいとは思っていたけど、まさか先生になれるほどだったなんて。
『お、おめでとう!』
「……」
あれ。
なんであまり嬉しそうじゃないんだろう。
第一希望が闇の魔術に対する防衛術だったからかな?
魔法薬学のほうが知的で格好良いと思うけどな。
「黙っていてすまない」
『ううん、いいよ。それよりすごいじゃない!もっと喜びなよ!』
三大魔法学校の1つとされるホグワーツの教師だなんて、なろうと思ってなれるものではない。
コネで入れるような魔法省なんかより、よっぽどすごい職業だ。
もし――ありえないけど――私がホグワーツで教えられることになったら、近所中に自慢して回って、花火まで上げちゃうと思う。
「ホグワーツは、全寮制だから……」
ボソボソと、申し訳なさそうにセブルスが言った。
私はそこでようやく、どうしてセブルスが躊躇しているのかを理解した。
『家に帰って来れなくなるってこと?』
「ああ……休暇の時に、少し戻れるくらいだ」
セブルスはターニャの小さな手を人差し指でいじりながら言った。
きゅっと指を握られて、眉間の皺が深くなる。
『寂しい?』
「当たり前だろう。マロンは寂しくないのか」
『私にはターニャがいるもん』
「……」
『うそうそ!ごめん!寂しいって!』
でも、寂しくても夫の栄転は明るく送り出すものが妻ってものじゃない。
夫の帰りを家で待つのが妻のお仕事なのだ。
そう言ったらセブルスはなぜか顔を赤くした。
「恥ずかしいことを平気な顔して言うな。これだからお嬢様は……」
照れ隠しなのか何なのか、眉間を揉んでいたセブルスは、ふいにキスをしてきた。
「休暇には1日でも長く家にいられるようにする」
『無理しなくていいよ?』
「僕がそうしたいからそうするんだ」
『うん、わかった。待っ――』
待ってる、と言い切る前に、またキスをされる。
何も言わずにキスをするほうが恥ずかしいと思う。
それなのにセブルスは満足気な顔をして「そういうことだから」と言いながらターニャを連れて家の中へ戻っていった。
何が“そういうこと”なんだろう。
*