くろす☆はーと

□第八話。
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昔、私は今とは正反対だった。
内気、弱気、もちろん外で遊ぶなんてもっての他。
だから、ソレはとても新鮮だった。










カィン!
突然聞こえてきた音に、思わず俯いていた顔を上げる。
いつも通りの車での帰り道、だけどその日は何故か耳に入ってきた音。
それは金属バットの金属音。
大きく上がった白いボールの行き先を見ながら、満面の笑みで左腕を空へと突き上げる男の子。
ドキリとしたのは、きっと凄く幸せそうだったから。







「…みずき、混じっていくか?」
「……ううん」




隣に居たおじいちゃんが話しかけてくれたけど、私は混ざる気にはならなかった。
私には出来ない、出来る筈も無い。
そんな考えしか出来なかったから、私は見るだけだった。
それから毎日のように、私は彼らを見ることにしていた。
……あの日まで。










「なー、お前って最近ここで見てるよな?
一緒にやらねえ?」



そう話しかけられたのは、初めて“野球”を見てから三週間くらい経った頃。
周りに注意を配ってなかったからあわてて声の主を探した。





「……おーい?
返事してくんねえ?」





それが……初めて見た日にホームランを打っていた“彼”――当時小学二年生で四番だった崎田 遥。









「……いい。
私なんかが混ざったら、おもしろくなくなるから、」
「んな訳ねーって!
初めてやる場合も大丈夫だよ、アイツらも初心者だし!
なんなら俺が教えてやるしさ!な?」




クイ、と顎で数人を指して、またニカッと笑う。
羨ましい、そんなに笑えて。
そう思ってた。








「みずき……今日だけでも混ざってみたらどうだね?」
「なー、見てるよりやった方が断然面白いぜ?」



おじいちゃんも、私を気遣ってる。
どうせ今日だけだ、明日からはまた見てようかな。
そう思って私は小さく頷いた。




「よっしゃ!
じゃ、ちょっと借りていきますね!
グローブは俺の貸してやるよ!」



目の前の男の子は笑顔のままおじいちゃんに頭を下げて私の手を引く。
今までおじいちゃんやお姉ちゃん以外に感じたことの無い、他人の手。




「……ゴツゴツ」
「ん?あー、毎日バット振ってりゃこうなるよ。
ほい、これ使えよ」
「わっ……」





ヒョイと投げ渡されたのは、未だ新しい雰囲気のグローブ。
心無しかピカピカしてて、全体的に未だ堅かった。





「……これ、」
「ん?
ソレか?
まあ、確かに未だ新しいけど、俺は使わねーし。
なんならやるよ?」
「あ、で、でも…」
「いーのいーの。
ソレさ、親戚が誕生日にくれたんだけど俺は未だこっち使うからさ。
修理したら何年も保つからな、グローブって」



そう言って、また笑った男の子。
何でか分からないけど、私の心臓がまた跳ねた。







「……みずき」
「……?」
「…名前。
私は橘みずき…」
「…あ、そっか。
まだ自己紹介してねーや。
俺は崎田遥!」




ガッチリ握手した手は変わらずにマメでゴツゴツしてた。







「っし、じゃー先ずはキャッチボールからだ、」
「……遥」
「……?」
「…本当に、下手でも良いの?」
「ったりめーだろ?」
「……バカに、しない?」
「する訳ねーよ、俺だって下手だったし」




遥は凄い。
やりたくなかった野球に、ちょっと興味持ったかも。










「……私でも、良いの?」
「良いよ、分かんないことは全部教えるからさ、やろーぜ?」
「……うん」











くるくる、クルクル狂狂。
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