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□哀しいほどに。
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すっかり雨が降り止んだ頃。

風呂あがりの湿った髪を拭きながら梳いていたときだった。

伊作が実習で居ないこの1人きりの空間に、コンコンという乾いた音がした。

誰だろうと髪を拭き拭き戸を開けて確認する。


するとそこには、愛しい愛しい好敵手が佇んでいた。
潮江文次郎、六年い組に所属する、留三郎の恋人である。

こんな夜更けに珍しいな、と言おうとして口を開いたが、文次郎が先に口を開いた。

「今風呂からあがったのか?」


別に何の含みもなく聞いてくる。


「おう、委員会の仕事が長引いたからな。」

それで、と留三郎は言葉を続けた。

「どうしたんだよいきなりこんな時間にやってきて。何か用事か?」

すると文次郎は、そこはかとなく薄い笑みを浮かべつつ、言葉を連ねた。

「理由がなくては会いに来てはいけないか?」

さらりと言いのけた甘い言葉に、かぁっと頬が熱くなるのを留三郎は感じた。
一体全体、何故こんなにもこいつは今日に限って特段に穏やかそうなのだろう。
こっぱずかしい台詞をなんのてらいもなく言うので、こちらの調子が狂う。

少し紅くなった顔を持て余しつつ、留三郎は言う。
「別にそんなこと言ってねぇよ。珍しいなと思っただけで、嫌だなんて言ってないだろ。」

存外不貞腐れた声が出てしまった。

しかし、そんな素直でない留三郎の言葉を気にした風もなく、むしろ嬉しそうに文次郎は口を開いた。

「そうか。それなら良かった。部屋、入っていいか?」

そう言われ、断る理由などこれっぽっちも留三郎はなかったので、おう、とだけ答えて部屋に招き入れた。

「で、どうした。」

何か絶対にあるだろうと踏んで二度目の質問を留三郎はした。

「いや、お前のそばに居たかっただけだ。」

事もなげに文次郎は言った。

「は?」

意外すぎる文次郎の答えに、留三郎は呆気にとられる。

言葉の意味を理解すると、下がりかけていた頬の熱がまたぶり返した。

「今日のお前はなんなんだよ…はぁ」

何でこんなに穏やかで何のてらいもなくあんな恥ずかしい台詞を言ってのけるのだろうか。

紅くなってしまった顔を見られたくなくて両手で顔を覆う。

ちくしょう、嬉しい。

そんなことを考えてしまって恥ずかしくなったのだ。

普段はお互い意地を張ってなかなか素直になれていない。

喧嘩が多いのは恋仲になっても変わらないままだ。
なのに今夜の文次郎ときたら、恥ずかしくて普段なら絶対言わないであろう言葉をつらつら微笑みながら言ってのける。

だからどうにも動揺を隠せない。
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