短編
□無邪気な泣き顔
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僕の知らない世界で
に企画参加した作品です。
小さい頃から、気になる子が居た。今思えば、自分が思っていた以上に好きだったんだと思う。その子はよく遊んでいたけど近所に住む子どもじゃなかった。見かけるのはいつもお昼だし、暗くなる前には家に帰っていた。わたし達子どもとその子はどこか違っていた気がする。
ああ、それと。彼曰く『王子だから』、といつも頭にはティアラを乗せていた。街の子どもの大半は変な子だと思っていたに違いない。だけど、自分から王子だと胸を張り自信を持って名乗っている素振りを見て、なるほどーと納得する少数の子も居た。それに、服装がいかにも高級そうな服装だった。高そうな服だということは、子どもながらに解った。
牛乳好きなあの子は、他にも居るのに何故かよくわたしの家に来ては牛乳瓶を空にしていった。
そんなあの子、『ベルフェゴール』通称ベルくんの事を、わたしはいつの間にか好きになっていた。きっかけはよく覚えていない。もしかしたら、わたしが転んで泣いていた時にベルくんがハンカチを貸してくれた時なのかもしれない。今思えばその行為が凄い不思議だけど。
でも、ベルくんは子ども達にとって街のアイドル的存在だった。だから、そんな彼と付き合うだなんて誰も考えたこともなかった。勿論わたしもだその内の一人だった。
だけどある日突然、ベルくんがわたしの家に来たことがあった。家に来るだとか全く言わずに来たのは初めての事で、わたしは最初のうちは戸惑っていたが、とりあえずベルくんを招き入れた。
「ねえベルくん、どうしたの。なにかあったの」
コトン、とベルくんの好きな牛乳を目の前に置く。すると、ベルくんはいつもはゆっくり時間をかけて飲むのに今日は凄い勢いで牛乳を飲み干した。本当にどうしたんだろう。
「ししっ。お前にだけ教えてやるけど、オレもう少ししたらここから離れるから」
「え、どうして。ベルくん王子なのにどこか行っちゃうの。それにわたしだけに教えるって……」
「だってお前、王子に牛乳くれたし。……ま、理由はそれだけじゃないんだけど。とにかく、遠い所に行くから」
いつも通りの笑い方をするベルくん。でも、いきなりそんなこと言われてもどう反応をすればいいのか解らない。ずっと一緒に遊んでいた仲だし、お別れする実感がイマイチ湧かない。もしかして冗談なのかな、とか思ったりもした。けどベルくんはそんなこと今まで一度も言ったこと無かった。だから、本当なんだなと心の底で思った。そう思えば、涙が出てきた。
「おい、泣くなよ。泣いたらブスになんだろ」
「う、酷い。だって、そんなこと言われても……ベルくんは寂しくないの?もう遊べないんだよ」
「はぁ?なにそれ。会えなくなんかならねぇし遊べなくもなんねぇよ。大丈夫だって。オレ、王子だもん」
「なにが大丈夫なの。ベルくんってそればっか。お別れするってことはもう会えないんだよ」
自分で言ったらなんだか余計悲しくなってきた。涙が後から後からポロポロと流れてくる。すると、ベルくんは迷惑そうな顔をせずにまたいつもの笑い方をした。
「ししっ。生意気言ってんじゃねーよ。また来るから、会いに来るから大丈夫って言ってんだよ。だから、笑えよ」
「うー……本当にまた会えるの?嘘じゃないよね」
「ったく、王子が嘘ついたことないだろ。解ったらいい加減泣き止めば。オレもう行かなきゃなんねーし」
そう言うや否や、早々と立ち上がるベルくん。わたしは瞬時に置いて行かれると思いベルくんの後について行った。
扉を開けて立ち去ろうとするベルくんに、わたしは勇気を振り絞って手を握った。いきなりのことに驚いたベルくんに、その時に出来た精一杯の笑顔で言った。
「い、いってらっしゃい」
「うしし。やっぱお前、ぶっさいくだな」
「ベっ、ベルくんの意地悪」
「だから、そんな顔したらブスになんだよ」
「いひゃいいひゃいっ」
むにむにーとわたしの頬を引っ張るベルくん。痛い痛いと必死に言ってるのにベルくんは相変わらずの笑顔で「ししっ聞こえねー」って言ってる。わたしがやった精一杯の笑顔を返して欲しい。
「じゃあな。心配すんなよ、また会えるし。あ、そうだ。その時までそのぶっさいくな顔治しとけよ」
「酷い……ベ、ベルくんは怪我に気を付けてね。あと牛乳の飲みすぎとかにも」
「うししっ。しつけーよ。んじゃ、イッテキマス」
「……い、いってらっしゃい!気を付けてね!」
もう一度、精一杯の笑顔を作る。涙はずっと流れてくるけど。ぶんぶんと千切れんばかりに手を振った。でも、ベルくんは一度も振り返らずに立ち去って行った。
さようなら、
大好きだった人。
あれから何年か経った今。わたしが好きだったあの人はどこでなにをしているのかな。
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