短篇
□歌は歌。
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奇跡がもしお前と巡り会わせてくれたのなら、俺は感謝しなくてはならない。
一週間も無かったけど。
たったの5日間だったけど。
それでも嬉しかったのは本当であるから。
取り敢えず俺はこの言葉をお前に贈るよ。
愛してくれて
ありがとう。
歌は歌
そいつの名前は長月裏瀬と言うらしい。
人の顔や名前を覚えるのが苦手な俺が、どうしてそいつの事を覚えているのか。
それは裏瀬がウチの病院に来た時、偶々俺以外に誰も居なかったが為に受付を俺がする事となったからだ。
まあ、裏瀬がウチに入院する事になったからでもある。
どうしてかは知らない。
そこまでは俺の仕事でないし、何だか聞いてはならない様な気がしたからだ。
裏瀬の歳は俺と同じで、身長は俺よりも低い。
髪は一本一本が細く、肩に余裕で当たる程の長さ。
後ろより前髪の方が長く、邪魔じゃないのかと聞けば、「この髪形以外に自分に似合う物が無い」と理由をつけ、頑として切るのを嫌がってた。
詳しく聞けば特に理由は無く、何となく嫌なんだというのが本音らしい。
取り敢えず裏瀬がウチに入院する事になって今日が四日目。
歳が同じだからと、裏瀬の世話をするのが唯一この病院で役立たずな俺に任された仕事。
普段蚊帳の外扱いな為に結構張り切って世話をしているとかは俺だけが知っている。
「―――――――……」
基本的にベットで寝たきりな裏瀬は、暇になると歌を歌っている。
何のアーティストの物か、もしかしたら自作な物なのか、そんな事知らないが、その歌詞も歌声も俺は好きだ。
だから俺はよく歌う裏瀬の隣でそれを聞いている。
もしかしたらここ四日で習慣となってしまったかもしれない。
それくらいに心地良いもので、好きだ。
「………相変わらず上手いな…」
「……人前で歌うの…ホントはスッゲー恥ずかしいんだからな…」
「しかも自前の…」と顔を赤くさせて俯くのを見ると、どうやら自作だったらしい。
「良いじゃねえか。俺しか聴いてねえんだし。それに俺は裏瀬の歌のが今時の曲より好きだ」
「…世辞は要らねえんだけど…」
「世辞じゃねえ。本音だ」
「…………………………あっそ…」
照れているのか裏瀬は赤かったのに更に赤くさせて、目を泳がせると「…バカ野郎…」って小さく溢した。
その仕草も俺は好きだ。
それだけじゃ無い。
寝顔も滅多に見られない笑った顔も、自分でも驚くくらいに好きだ。
全部好きだ。
全部全部全部。
この想いは普通女に向ける類いのモンなんだろうが、それでも俺は男である裏瀬に向けている。
この想いを口に出せたらと思うけど、それは叶う訳が無い。
俺も裏瀬も男だ。
性同一性障害な訳でも無い。
純粋で単純に、こいつが好きだ。
「―――…大好きだ…」
「……え?」
「…お前の…歌が…」
想いに似た物を口から溢し、すぐに後から付け足してそれを『想い』と云う形から遠ざける。
良いのだ。
この想いは伝えない。
裏瀬は何時までもウチに居るとは限ら無いから。
もしかしたらこいつは明日にでも居なくなるかもしれないし。
なら告げるべきかもしれないが、それでも俺はこのままが良い。
この心地良い位置のまま、裏瀬と楽しく過ごせれば
「…それで俺は満たされるから―――…」