How do you do?

□突然の終わり そして始まる
1ページ/2ページ


 
 


 黒崎一護が死んだのは齢36歳の秋。紅葉が赤くなり始め、山が斑に染まっていた頃の事だった。
 結婚はしていない。それなりに女性との付き合いはあったが、結局はそこまで行かなかった。正確には、彼自身が行かせなかったからだ。
 一護は25を過ぎた辺りで、自分の死期が迫っている事に気付いていた。少しずつだが身体がいう事を利かなくなっていたからだ。握力や視力の低下。食欲の衰え。当時医者だった彼は、知り合いや父親の一心に相談したが、原因不明と判断された。
 何かは判らない。ただ判るのは早死にする事だけ。そんな人間と一緒にさせては、その相手に申し訳無いと。ただ悲しい思いをさせてしまうだけだと。そう思ったからこその選択だ。
 しかし彼は幸せだった。友人に、恋人に、家族に囲まれて看取られた。それは一護にとって幸福以外の何物でも無い。
 自室のベットで横になり、「ありがとう」と口にして眠るように息を引き取った。

 未練無く死んだ一護は早々に成仏して尸魂界に向かった。そこで振り分けられたのは最も最悪とされる北流魂街八〇地区『更木』。その地に足をつけた瞬間に、彼は全てを思い出してしまった。
 自分が死神・朽木ルキアから力を奪った事。
 自分が死神代行だった事。
 自分が死神達と戦った事。
 自分が破面と戦った事。
 自分が死神の力を失った事。
 自分が人間と戦った事。
 自分が死神の力を取り戻した事。
 自分が滅却師と戦った事。
 全部思い出し、刀を握っていた。
 懐かしく、とても手に馴染む物だ。当たり前だ。自分の魂からなる片割れ――斬魄刀なのだから。





突然の終わり そして始まる





「………はぁ…」

 曇り空の下、一護は目の前の状況にため息を吐いた。どうしたものかと考えを回らせてみるが、これとした物が思い浮かばない。自然とまたため息がもれる。ふと今したそれが何度目になるかを考えてみたが、そんな事を一々記憶していないのに思い当たり、右手で後頭部をガシガシと掻き乱した。
 真っ赤に染まる、その腕で。
 彼の目の前に広がる物は、此処では日常と呼ばれる物だ。それは、森の中の少し見晴らしの良い場所一面に広がっている。

 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤橙赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。

 一瞬だけなら、それらが一体何なのか判らなかっただろう。判らないで済んだだろう。
 一つの橙を中心に、赤が広がっている。その認識だけで済んだだろう。
 しかしその場に立つ橙――一護は、当事者であるが故に、赤が何なのかを知っている。よく見れば、所所に白色や黒色が混じっているのが確認出来るそれが、何なのかを。
 それらはヒトだ。
 分類は人科に値する。
 それらを、一護が殺した。といっても、実際は手刀で首を落としたに過ぎない。彼はここまで原型を留め無い程に死体を滅茶苦茶にしていない。したのは一緒に転がる、それらに混じる者達だ。
 此処で少し、『更木』に住む“獣”達がジャレ合った。偶々血を求めたヒトが、この場に集まったが為に起こった事だ。それに一護は巻き込まれただけ。
 彼も偶々この場に来てしまったヒトの一人だが、決して“獣”では無い。『更木』に住むヒトの“人”に分類される者だ。一護がそこに居たのは、血みどろの森の中でも生えるのは生える薬草を探していたからである。怪我をすれば、魂魄でも治療が必要だ。現に今、彼が共に暮らしている子供の一人が擦り傷を負っている。それを癒す為に一護は薬草を探していた。
 霊圧のコントロールが苦手な彼は、鬼道はサッパリ使えない。そうなれば鬼道での治療も出来る筈が無い為、こうして物に頼るのだ。

 血の所為で自身と一緒に真っ赤になった薬草を眺め、一護は赤を踏み付けながらその場を離れた。
 こんな事此処では日常茶飯。一々気に病んでやる心は既に無い。そもそもそんな気をやるくらいなら、明日を生きていく為の食べ物が欲しいくらいだ。
 元死神代行の一護には、勿論ながら霊力がある。これが不便な事に、他のただの魂魄と違って腹が減る。幸いに彼が共に暮らす子供らは霊力を持たぬ故、そういった事は自分一人分の食料だけ取れれば済むのだが。

「……ヒトって…ちゃんと血抜きしたらウマイんだっけ…?」

 今し方歩いて来た道を振り返る。
 まだ先にあった死体は新鮮だ。

「………止めよ…後味が悪そうだし…、…そもそも火が無い…」

 危うい発言をしながらも、しっかりと正気を保つ一護は、再度足を動かしてその場から離れて行った。
 点々と、赤い足跡がそこに残る。






次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ