覆面の騎士はそうさく中

□第二章 ゲネルディバイ帝国 〜恩返しの行方〜
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 登山中女性陣は、平地ではお目にかかれない高山植物や山河の作り出す様々な風景を楽しみ、時折出くわす雪崩や土砂崩れ跡に驚嘆する。その都度隊列から脱線し姿を消していたが、休憩や夜営をする際には何食わぬ顔で追い付きバーボートの首を傾げさせた。

 野営の度、ローズマリーは水や薪の調達から食事の配膳に至るまで宣言通り率先して良く働き、彼女が作るパンや羮は好評価を得た。時々ドジる事はあれど他人を巻き込まなかったので、ちょっとした笑いも提供している。ちょこまかと動く素朴な姿も可愛らしく、忽ち一服の清涼剤的存在になった。


 ロティリアーナは山酔いに対する指導や途中見つけた薬草の調合をしつつ、ぬかるんだ斜面に足を滑らせ軽傷を負った者に『討伐(本番)前に怪我するなんて間抜けもいいとこよ。気が緩んでるんじゃない?死にたいの?』と、手当てしながら心に負担を与えている。怜俐な美人から放たれる冷たい一言は威力があり、忽ち件の噂が広まると男性陣は彼女を見かける度条件反射の如く気を引き締めようになった。一種のカンフル剤的存在である。


 そんなこんなで、特に大きな問題も起こらず入山から3日後の夕方――討伐隊は予定通り山村へ到着した。
 山村というより山小屋の集まりに近い。ラバトニア地方の中心地へ入る者達の為に開かれた休憩所的な役割の小さな集落。故に村人は少なく、放置され木目が黒く退色した空き家が数軒佇む。

 この村で夜を過ごすため、討伐隊は幾つか空き家を借り、その周囲に天幕を張った。粗方設営を終えると各人それぞれ持ち場へ散り、作業に勤しんでいる。




「予定通り進めたな。順調、順調」

 古びた机の上に拡げられた地図を眺めながら、団長アレクフォードは満足そうに頷く。

 空き家の1軒を蒼鷹騎士団・援軍の本部兼アレクフォードの借宿とし、今アレクはヒースと今後の行程を確認している。吹雪にでもあえば潰れそうな古い家だが部屋数は4つあり、家具も必要最低限揃う。夜の山は冷えるが、暖炉に火が入れられているので部屋の中は暖かい。

「少数部隊にして正解でしたね。これ以上召集していたら遅れがでていたでしょうし」
 大人数で山を越えるとなると、相応に時間がかかる。討伐には人手が必要だが、被害が拡がりきってから到着したのでは意味がない。替え馬もできない山路で人馬両方の益となる編成・行程を組み、討伐隊は順調に行軍してきた。

「だな。少数精鋭で諸費用も安上がり。このまま良い流れで現地入りできそうだ」
「…さも経費削減を計っていたかのようにおっしゃらないでください。偶々でしょうに」

「偶々だろうが結果は同じだろ。細かいこと気にすんなよ」
 アレクは小言を振り払うかのようにぶらぶらと手を振った。
 椅子から投げ出された足といい、真剣に話を聞く態度ではない。

(は………〜〜………ぁ)
 いい加減な物言いに呆れ、ヒースは深い溜め息を吐く。表情筋に動きはなくとも、十分脱力具合を表すそれ…蒼鷹騎士団関係者達は、鉄面皮な彼が吐く溜め息の長さで内心の呆れ度を測る目安にしている。今他の関係者がこの場にいれば、後に続く説教から逃げ出そうとあたふたする筈だがアレクは動こうともしない。締観故か慣れから来る余裕なのか、腰を下ろしたままだ。

「貴方はいつも考えが足りませんね、行き当たりばったりが多すぎます。初めから経費削減を謳っていたならローズマリー嬢を連れて来やしないでしょう。彼女の分出費は増えたので、結果が同じとは言えませんよ。経過を軽んじれば、望む結果は得られません。計算した末の行動ですら良い結果はついてこないというのに…世の中を侮ると、いずれ痛い目をみますよ」

(それって計画しようがしまいが、どっちにしろ巧くいかないってことじゃないか?)
 と、アレクは思ったが「微々たる差じゃないか」という些細な反論にとどめた。


「些末な事と取り合わず、足を掬われる前例は掃いて捨てるほどあります。塩を量り売りする際、釣り合いがとれている天秤に塩一粒加えても一見誤差はないように見えます。ですが、繰り返せば差は大きくなり店側は差額分損をするんですよ…売る度損失額が増すなんて矛盾、私なら耐えられません」
 苦々しい口調で、ヒースは心底忌々しそうに語る。

「お前が商人に向いてないのは解った」
 所謂“オマケ”ができないんだな――正確な損益を弾き出す頭脳を持ち、騎士団の財布を預かる者としては、わずかな損失も許せないらしい。アレクは苦笑を浮かべつつ、融通がきかない性分を揶揄した。

「…私の適性ではなく、貴方の計画性について申し上げているのですが」

「これからは善処するさ」
(多分な)
 内心では曖昧に答えながらヒースに是を示す。
 反省した様子のない主の態度を見抜き、ヒースはまた小さく溜め息を吐いた。

「…ご理解していただけたなら結構。では早速ですが、ローズマリー嬢は此処までです。この先は目ぼしい休憩地もなく、万夭発生地域に入ります。彼女は村で待機していてもらいましょう」

「またそれか」

 予定外の闖入者は置いていくべき――団舎を出立してからヒースは何度も進言してきた。ローズマリーの事情を説明したが納得せず、折に触れては蒸し返す。
 先程までの長い講釈も結局はローズマリーの件に繋ぐ布石だったらしい。

 
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