覆面の騎士はそうさく中

□第二章 ゲネルディバイ帝国 〜恩返しの行方〜
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「山と渓谷を越えるとは聴いていたが…」
 目の前に広がる予想外な――否、予測を越える光景を認識するや、覆面の口から思わず言葉が溢れた。

「奇遇ね。私もそう聴いたわ。有能と噂の参謀さんから聴いたんだけど…あれはどう見ても山脈よね?」

 溢れた言葉の後を律儀にも継いだのは、傍らで同じ景色を伏せ眼がちに見据えている看護師のロテリアーナ。
 耳に心地よい滑らかな声で紡がれた言葉は、どことなく皮肉気な響きを含む。

「ああ。間違いなく…山脈だな」

「そうよね。山を2座くらい越えるものだと思ってたんだけど…山脈越えとは聴いてないわ。地図を読めない男を有能と呼ぶのはどうなの。モノクルの度が合わなくて見間違えたとか?地図が手に入らなくて使節団からの情報を聞き間違えたとすれば、耳も遠いわ…補聴魔具が必要ね。それとも標高3000m以上ないと山とは認めないとでも言うのかしら。何様?蒼鷹(おおたか)騎士団なら名の通り鷹の如く空を飛ぶように越えられるの?なら、是非その妙技を御教授いただきたいわ」

 恨み言を淀みなく言い終えたロティリアーナは、ゆっくり山から視線を外し覆面に向き直る。
 気配を察し、覆面も彼女に向き直り視線をあわせると、彼女は“ね?”と同意を求めるかのように小首を傾げた。


 仕草は可愛いが、全身から隠しきれない苛立ちを滲ませるロティリアーナに向けて、便利な妙技があれば初めから使っていますよ――と、突っ込む事は出来ない。アーモンド型の瞳は怒りの炎を宿し、山に火を放てそうだ。わざわざこれ以上怒りを煽る必要はあるまい。

 覆面は大袈裟なくらいブンブンと顔を縦に動かし、頷いてみせた。

「説明をはしょりやがったんでしょうね。多分、奴に悪気はなかったんだろうけれど……今度補聴魔具贈っておきます」

――色々と申し訳ない。
 自分の咎ではないが、覆面は直ちにこうべを垂れる。理知的な美人に訥々と責められると、たとえ責められる対象が自分でなくとも謝りたくなるのは何故だろう…少々釈然としない想いを抱きつつ、腐れ縁のフォローを試みた。

「あっ、貴女に謝られる事ではないでしょ…顔を上げて」

 謝られるとは思わなかったのだろう。慌ててロティリアーナは覆面の両頬らしき位置―実際は口の端と目の縁―を両手でぶにゅっと挟み、ゆっくり持ち上げる。覆面は抵抗せずされるがまま立位姿勢に戻ると、離れていくロティリアーナの手を優しく包む。

「道中疲れたら遠慮なく私に教えてください。鷹ほどとはいかなくとも、馬の代わりならできるから」

 掴んだ両手を引き寄せロティリアーナの眼を見つめながら覆面は籠った声で乞う。

 突然の申し出に戸惑ったのか、ロティリアーナは眼をパチパチと瞬かせた。

「馬……まさか、貴女に乗れというの?」
 馬の代わりが務まるとは冗談なのか、本気なのか…真意を読もうにも覆面の表情は布に覆われ判断しようが無い。突飛な発言によって参謀への鬱憤が記憶野の片隅へ引っ込む。


「私に乗りはしませんが…まあ、似たような感じかな」

「…?…どう「うわぁ〜〜っ、こんな景色見た事ないわ!ヴァ〜ン、ロティリアーナさ〜ん、此処からの眺めすごいよ〜!」

 転移門を抜け、雄大な山々を眼にした途端バロを引き連れ高台へ登ったローズマリーが手を大きく振って2人を呼んだ。その声により会話は断たれ、覆面はロティリアーナの手を離して高台へと歩いていく。

 疑問を残しつつ、ロティリアーナも少し遅れて後に続いた。




「ランス……………お嬢ちゃん達を呼んでこい。で、勝手に隊列から離れんなって言え」
「無理っすよ、バーボートさん。ヴァンさんが俺の言うこと聞くわけ無いっすから」

「俺のも聞かん。ど〜〜すっぺか」
「放っておいても平気じゃないっすか。ヴァンさんなら女性2人とロバ1頭くらい担ぎながらつかず離れずついてこれます。そこら辺のさじ加減巧いっすから」

「…そういう問題じゃねぇべ」

 バーボートは唸りながら後頭部を擦り、他の者に頼もうと周囲を見回す。
 だが、周囲の者達はランスと同じ意見らしく、誰とも視線はあわなかった。

 討伐隊の殿(しんがり)を務めるのは蒼鷹(おおたか)騎士団員数名。道案内を使節団に任せている為自然と騎士団員が最後尾に配置された。おくれをとるであろう女性陣はその中でも最後に控え、隊列からはぐれないよう周囲の騎士達がサポートする手筈であったが…。

「まだ転移門潜ってから半刻も経ってねえんだぞ。少しは自重してくれねぇべか…」

 隊列の進行方向とは真逆に位置する高台で呑気にはしゃぐ女性陣と、既にだいぶ距離が開いた現状を鑑みて、バーボートは先行きを愁いた――


……………◇



 転移門を潜り抜けると、まず視界いっぱいに峻険な山々が拡がる。誰かの意図でそう設置したのだろうが、山ひだは途切れることなく縦横無尽に走り、踏破に挑む者の気力を容赦なく削ぐ。標高およそ2000〜4000m級の山が犇めく中、頂を残雪に覆われた一層高き山が3座点在し、周囲の山々とは一線を画す存在感を放つ。

 転移門を抜けた討伐隊は、一層高き山の裾野へ続く山路から、ラバトニア地方に足を踏み入れた。

 春の陽気に包まれた今の季節。雪解け水の影響で通常なら澄んでいる渓流は濁り、水嵩を増す。数多ある源泉から湧き出た豊富な水は支流となり駆け巡る。崖から勢いよく流れ落ち滝壺をゴウゴウと打ち鳴らし、流れ集まり湖へ注ぎ、深い峡谷の壁を削りつつ各地へ養分を運ぶ。


 
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