けもの日記

□専用リード
1ページ/1ページ




やや混雑していた電車からホームに降り立ち、ミルは小さく息を吐き出した。

漸く、きちんとした酸素を吸えたような気分だ。

「ミルちゃん、大丈夫?人が減ってから改札を出よう」
「うん、ありがとう」

顔を覗き込んでくる犬川に、ミルの唇が微かに弧を描く。

そこまで混んだ電車ではなかったが、やはり階段には人が溢れていた。
我先にと人が押し寄せている。

砂時計のように、少しずつ流れていく それを眺めていると、ふいに一人の青年が こちらに近寄ってきた。

「犬川じゃん。彼女とデート?」

どうやら犬川の友人のようだ。
彼と似た明るい雰囲気を持っている。

「うん、紹介するよ。ミルちゃん」

ミルは、軽く頭を下げて小さな声で挨拶をした。

彼女の様子を見て友人が、納得したように頷く。

猫のような性格だと、犬川から噂に聞いてはいたが、確かに『借りてきた猫』のようだ。
ドライで気紛れな子には見えない。

邪魔をすると悪いから、と去って行った友人の背を見送り、漸くミルが安心したように息を吐いた。

気遣うように犬川が笑顔を見せる。

「突然 会ったから驚いたね」
「……うん」

ふと、自分の手が無意識に犬川の袖を握っていた事に気が付いた。

ミルは、慌てて手を引っ込める。

「ごめんなさい」
「どうして謝るの? 俺、キミに頼られているみたいで嬉しかったよ」

犬川の無邪気な声に、はっとして顔を上げた彼女が控えめに、一度 引っ込めた手を彼のそれに重ねた。

「……迷子になると いけないから。君が」
「えっ、俺が迷子になるの?」

驚きに、嬉しさを混ぜ合わせたように複雑な顔をした彼に、ミルが小さく笑う。

それは、彼女専用のリードのようだ。
迷子だけでなく、浮気まで防止できる。

――尤も、後者は必要なさそうだが。



*fin*





+目次
2013.4.10(10.13 加筆修正)

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ