短編

□シトラス
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てんで予想がつかなかったなんてことはない。
彼は自分のものなどではないのだから。

シトラスフルーティー

大好きな彼はいつも良い香りがした。
基本香りに関心はないし、混ざると頭が痛くなるからあまり好きではないのだが
彼がつけているそれは、良い香りだと思えた。

毎日毎日、彼と話すことが何よりも楽しかった。
彼が笑ってくれると、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
学校だって、彼がいたから行っていたようなもんだった。
まわりの奴から、仲良いよな、なんて言われる度、舞い上がっていた。
すごく幸せな、大事な思い出。

全部抱き締めて、俺は屋上にいる。
別に怒ってなんていない。
彼が望んだのが全く知らない奴じゃないだけマシだと思っている。
嬉しそうに報告してきた彼は本当に幸せそうで。

なんで俺じゃ駄目なんだろうな。
ぽつり、洩れてしまった声は
もう10月が近い秋の風に拐われて。

悲しさより虚しさが勝るこの感情はなんだろう。
きっと彼への愛情なんかじゃない。
本当に好きなら避けたりしないはずだ。
俺は彼を愛してなかったのかもしれない。
じゃあこの痛みはなんだろう。

鉄柵の向こうに見える緑が俺には重く見えた。
心臓は所有者である俺の命令など振り切って速いリズムを刻み始める。

あ、と気付いた時には鉄柵は俺の後ろにいた。
いつの間に乗り越えたのだろう。
妙に客観的になっている自分がいた。
不思議と怖くはない。
足を踏み出せば身体は自然と重力に従い、落ちて行く。

落下している。なんだか遅い。
事故の時とかにスローモーションみたいになるあれって、本当だったんだな。

納得していると、
ふ、と大好きな香りがした。
甘い甘い、彼にぴったりの、シトラスフルーティー。

ばいばい。愛してる。

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