SS(S◇)

□お花見
1ページ/2ページ


「僕ちゃん、それ見てるの好きだな。昨日も遅くまで見てたろ」


風呂上りに廊下にたたずんでぼんやりと「桜」というらしい花を眺めていたら、後ろから声をかけられた。振り向かなくても誰だか分かる。今だに自分をこんな呼び方で呼ぶのなんて一人しかいない。
振り向くとやはり部屋の戸口にもたれるようにして宮が立っていた。頭の回転が速くて物知りで口が達者なヤツ。ついでに意地悪だ(自分に対してのみだが)。出会った当初から何となくちょっと構えてしまう存在。こういうのを「天敵」というのかもしれない。

「そう構えんなよ。別に取って食ったりしねえから」
「別に構えてなんか…」

そうかねえ、と宮は喉の奥でくつくつと笑う。何だか機嫌がいいらしい。
どうでもいいけど、なんで言いながらこっちに歩いてくるんだ?

「おーやっぱ綺麗だな。それにこれだけ一気に咲いてると圧巻…」
「なんでこっちに来るんだよ?」
「折角だし見納め? 明日にはここを出るしさ」

桜を指さして、宮は目を細めて笑う。屋敷のどこからだって見られるだろう!とか、主匪達とみればいいだろうなどと突っ込めなかったのは、いつになく宮の纏う空気が優しいからか。今日一日休めたおかげで少し余裕が出たからだろうか?
そのまま肩を並べて桜を見上げる。
独りになれる場所を探して広い屋敷の端の方に来ていたせいか、人の声も微かにしか聞こえない。自分たちの周りを包むのは静寂だ。
沈黙に妙な居心地の悪さを感じて身じろいだ。右肩には人の体温を感じる。何か話した方がいいのだろうか…というか、何でこんなヤツ相手に気を遣ってるんだ?僕は。

宮はそんな白琵の様子には気にもかけないのか、着物の袖につっ込んだ腕を組んだまま花を見上げている。
ややあって、宮が桜を見上げたままぽつりと呟いた。

「やっぱさ、コレ(桜)は特別か?」
「え?」
「崖登って、初めて目にした花がコレだったから、特別なのかと思って」
見て泣いてたろ?僕ちゃん、と顔を覗きこまれて、頬がかっと熱くなった。
「泣いてない!」
「そうだったか?」
「あれは汗が目に入ったんだ!!」
崖なんて登った事なかったから大変だったんだ。だから…!
「まあ、どっちでもいいけど」
にやにや笑いながら言われてむっとする。前言撤回だ。どこが優しいものか。おまけにどっちでもいいなら聞くな。

「でも好きは好きだろ。綺麗だもんな、コレ」
灯の花に照らされた桜は夜の空に浮かんで綺麗に見える。遠くの方の花は霞がかっていて、幻想的な空間を作り出している。ざあっと風が吹いて一斉に花を散らした。
「こういうのは桜吹雪って言うらしいぜ」
はらはらと降り注ぐ花びらを掌に受け止めて、宮が言った。

確かに、昼間に見るそれよりも、夜に見る桜の方が綺麗だとは思うし、どちらかというと好きだ。
けれどどうせなら、羅貫が見せると言っていた青空の桜を見てみたいと思ってしまった。あんなに強く言うのなら、それは夜桜よりも綺麗なのではないだろうか。

「なあ、昔あったって言う青空の下なら、もっと綺麗に見えるのかな…?」

思わず呟いてからハッとする。
もうないものなど、見ることなどできないというのに。
一瞬、宮がきょとんとした顔をした。

「……見たいのか?」
「…別に……大体、ないものなんて見られるわけないだろ」
「前も羅貫にそんな感じの事言ったらしいけどな、お前」
確かに言った。自分の目で見られなければ信じられないと。
「でも見られただろう?一面の緑。羅貫はこれからももっと増やしていくよ」
宮のいつになく穏やかで真面目な表情。聴いた事ないような柔らかい…でも真剣な声。
「青空もきっと見られる。羅貫がそういうんなら、絶対に見られる。世界を作り直して」
微かな微笑みとともにまっすぐに見つめられて、ふいに鼓動が跳ねた。なんだ、コレ?
「俺達はそのために、羅貫とともに行くんだから」
そう言って、微笑んだまま頭にぽん、と手をのせられた。


「さて。明日は早くに出発するんだから早く寝ろよ、僕ちゃん。起きられないぞ」
「子供扱いするな!」
突然、いつも通りの宮に戻られて、反射的に言い返してしまった。
一瞬ドキッとした自分は何だったんだ。ていうか、なんでこんなドキドキしてるんだろう…?


頭にのせられた手を振り払うと、気分を害した様子もなく、宮は来た時と同じようにくつくつと笑いながら戸口へと向かった。じゃあな、と背を向けたまま手を振っている。
一体何なんだ、あいつは。
そして部屋を出ようとした宮は、ふと思いついたように振り返って言った。


「青空がまた見られるようになったら、またここに来て花見しようか?僕ちゃん」
言外に「一緒に」という言葉を読み取って、再び頬に熱が上る。
本当に何を考えてるんだ。


「誰が!」
「そりゃ残念」

真っ赤になって怒鳴る白琵にカラカラ笑うと、おやすみと言って、今度こそ宮は部屋を出て行った。
後には顔を赤くしたまま自分を持て余している白琵と、桜の花だけが残されていた。


END

次Pにあとがき

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ