宝物小説

□いつも通りのドルチェタイム(氷菓子様)
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卵と牛乳をたっぷり加えたスポンジ生地を焼いているオーブンから漂うのはなんとも言えない甘い香り。側には用意された苺がライトの光を反射し瑞々しく輝いていて僕の胸は否応なしに期待で高まっていく。

隣に立つ櫂君に目を向ければ彼は現在ショートケーキには欠かせない生クリームを作っている最中だ。ハンドミキサー特有の機械音がキッチンに響いていている。


「まだ生クリームはできないの?」


そう言って櫂君の手元を覗き込んだら軽くデコピンなんてされた。しかも結構強めに。


「あぅっ!?い……痛いよ櫂君…」
「ハンドミキサーを扱っている最中に顔を近付ける馬鹿がどこにいる」
「…ぅ…ごめん……」


そんな馬鹿はここにいるよね、なんて涙目になりつつ櫂君を見上げたら、何だかいつもよりも随分と冷たい碧の目に見据えられて僕は押し黙るしかなかった。




僕は普段皇帝なんて大それた名前で呼ばれているけど、甘いものが大好きだったりする。ファミレスに行けば堂々とパフェを頼んでしまうし、ケーキだってアイスクリームだってとにかく甘いものなら何でも大好きだ。
中でも僕はショートケーキが好きで、特にあのふわふわの白くて甘い生クリームには目がない。むしろ僕のショートケーキでのメインは生クリームと言っても過言ではないと思う。それはもう好き過ぎて生クリームだけ嘗め続けることも全然イケるしね(でも前にそれをしたらユリ達に怒られたけど……虫歯になるって…)

そんな話を櫂君にしていたら、何と櫂君が僕にショートケーキを作ってくれることになったんだ。そういえば前に合宿で料理を作っていた時も包丁裁きとか上手だったことを思い出したりして、きっと櫂君なら美味しいケーキを作ってくれるんだろうなって思った。だからもう今日が凄く楽しみで仕方なかったんだ。


「………」


無言のままハンドミキサーを使い順調に泡立てていく櫂君の手付きは何だかとても手慣れていた。まだ柔らかそうだけど真っ白なそれに砂糖をたっぷり入れている様はこれからできるものを想像するだけでとても美味しそうだ。
もっと見たいなって思ってたらまた知らないうちにボウルに顔を近付けてたみたいで、今度こそ呆れ返ったような櫂君の声が聞こえてきたけど。


「……光定」
「うぅ…だって美味しそう…」


諌めるように櫂君に言われても僕の視線は生クリームに釘付けだった。

だって、本当にとっても美味しそうなんだ。
掻き混ぜ続けて先程よりもかなりいい感じにツノの立った生クリームからは仄かに甘い香りがして、僕の記憶にあるあの絶品とも言える味を思い起こさせる。ふわふわしていて口の中に入れたら一瞬で溶けちゃいそうだ。

……食べたいな。一口だけでいいからそのまま食べたい。

確かにこれはデコレーション用の生クリームだから後でたっぷりケーキを彩ってくれるんだろうけど。でも、正直僕はこの生クリームが食べたかった。ふわふわで柔らかくて甘い、真っ白な生クリームが。


「……そんなに欲しいのか?」
「えっ!?味見させてくれるの!?」
「お前があんまり物欲しそうな顔をしているから仕方なくだ…」


諦め切れずにまだ生クリームをじっと見つめていると櫂君が溜息まじりにそう言った。
その言葉に僕のテンションは一気に上がってしまい思わず櫂君を振り返ればハンドミキサーの電源を切る姿が目に入る。その様子を眺めつつも期待を隠せなくてうずうずしていると、ようやく櫂君が生クリームを差し出してくれた。
凄く美味しそうな生クリームが口元にまで運ばれて、本来の僕ならここで一も二も無く食べていたと思う。だって本当に食べたかったし。

でも、それができなかった。いや、それより凄く戸惑ってしまったんだ。
どうすればいいのか分からず思わず櫂君を見つめ返すほどに。


「え…あの、櫂君…?」
「どうした?お前の好きな生クリームだぞ?」


うん、確かにそうなんだけど…

生クリームは美味しそうだった。そう、とても美味しそうなんだけど。でも……どうすればいいのかなこれ?

僕は目の前に差し出されたソレを凝視した。
白くて甘そうな生クリームがたっぷり付いた、櫂君の指を。


「ぇー…えーと…その、できればスプーンとかで食べたいんだけど…」
「このままで何か問題があるのか?」
「ぇ?その…問題は…」


あるよ。むしろ大有りだよ。

そうは思っても至極真面目な顔をした櫂君が不思議そうな目で僕を見てきたのでその一言が言えない。
だって、そもそも生クリームを味見したいって言い出したのは僕の方だし。つまり櫂君は僕の我儘を聞いてくれているだけなわけで、僕がここで恥ずかしがって生クリームを食べることを渋ったら櫂君の厚意を無下にしてしまうことになるんだ。

……それは嫌だな。せっかく櫂君が僕のためにしてくれているのに。あぁでも、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいし、それに櫂君はこの状況が気にならないのだろうか。
だってこのままだと僕は櫂君の指ごと生クリームを食べることになるんだけど…


「光定?」


そうこうぐるぐる考えていると訝しげな櫂君の声がしたので僕は覚悟を決めた。


………もう、いいや。うん、だって美味しそうだし。食べたいし。
それに櫂君の指ならいいか…なんて思ってしまって。


僕は櫂君の手を引き寄せてそのまま彼の指ごと生クリームを口に含んだ。瞬間的に甘味と柔らかい舌触りが口の中いっぱいに広がって思わず顔がにやついてしまう。

やっぱり美味しい…!

もっと味わいたくてそのまま舌先で掬うように生クリームを嘗めているとくつくつと笑いを噛み殺したような気配がして櫂君へと視線を向けた。


「…まさか本当にやるなんてな」
「ふ、ぅ…?」


不思議に思って首を傾げているとそれまで僕にされるがままだった指が不意に動きだした。上顎を撫でるように動いた後ゆっくりとした動作で引き抜かれる。
そのまま唇をなぞられてビクリと震えた僕に対し櫂君は楽しげな声で一言。


「浅ましい奴」
「ッッッ〜〜〜!!?」


えっ、何っ!?
どうしてこんなに恥ずかしい気持ちになるのっ!!?

一気に顔中に熱が集まるのが分かる。それに動揺し過ぎて口を閉じたり開いたりと意味不明な行動を繰り返してしまった。
そんな僕の様子を見ながら櫂君は最早僕にとっては見慣れたあの意地悪な笑みを浮かべている。
そしてその笑みに僕は全て合点がいったのだ。


「もっ…もしかして僕を揶揄ってたっ!?」
「ああ、まぁな」


――やっぱりっ!!

しれっと言い切った櫂君に僕は全身が脱力するのを感じていた。

ひ…酷い。もの凄く恥ずかしかったのに。食べるまで真剣に悩んだのに……

へなへなと床に座り込めば当の本人は「どうした?」なんてさも何事もなかったかのように聞いてくる。
僕はもう何だか恥ずかしいやら悔しいやらで恨みがましい目で櫂君を見上げることしかできなかった。


「そうむくれるな。可愛い顔が台無しだぞ?」
「真顔で恥ずかしいこと言わないでくれっ!それにそんなこと言われても嬉しくないよっ……ただでさえ童顔なこと気にしてるのに…」
「童顔の自覚はあったんだな」


だ…駄目だ。やっぱり櫂君には何を言っても勝てない気がする。
いや、そもそも僕が櫂君に何かで勝てた試しって一つもない。口では勿論力も負けてるし。何より一番自信のあるヴァンガードですら櫂君には全然勝てない。
僕、これでも全国大会で優勝した経験だってあるのに、櫂君ってば強過ぎだよ。

……あ、何だか考えれば考えるほど本当に僕って情けない気がしてきた。ちょっと本気で落ち込みそう。


「光定」
「……何?」


それでも、せめて今日こそは簡単に許したりしないぞって意味を込めて櫂君を睨み付けてみる。
毎回毎回、好いように揶揄われてるばかりじゃ年上としての威厳もないからね。ちょっとは僕だって情けないばかりじゃないんだってことを櫂君にも見せてやるんだ。


「ショートケーキのおまけにプリンも作ってやるから機嫌を直せ」


――なんて、そう思っていたのに。

櫂君が普段は滅多に見せてくれない甘くとろけるような笑顔でそんなこと言うから。しかも頭を撫でてくれたりするから。だから、僕は気付いた時にはこう口にしていたんだ。


「……プリンにも生クリームのせてね」


あぁ…僕ってほんと櫂君には一生勝てそうにない……





いつも通りのドルチェタイム






その後櫂君が作ってくれたプリンにはお願い通りたっぷりの生クリームが綺麗にデコレーションされていた。


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「iceに口付け」の氷菓子様より30,000hitリクで頂いたヴァンガ櫂光SSです。
ほのぼのなお話しか絵をー!とリクエストしたらこんなに素敵なお話をいただきました!
氷菓子さま、ありがとうございました!!


 

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