独り鬼ごっこ

□遭遇
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前方を走るトラックが、徐々に速度をおとしとまった。
私の乗っている車も、トラックから少し距離をあけてとまる。
運転手がすばやくおりて、後部座席のドアをあけてくれた。
降り立って、なんとなしに上をみあげてしまう。
少し雲がかった水色の空を覆い尽くすような、大きなマンション。

メゾン・ド・章樫―通称妖館

今日からここが、私の城になる。


家具は運び込まれていたものの、膨大な生活用品の入ったダンボールが部屋を埋めている。
とはいえ、服や調理器具といった生活必需品はこのうちの10分の1程度。
残りはすべて本だ。
とりあえず必要なものを部屋に配置して、本はおいおいつめていくとしよう。
よし、と気合をいれて目当てのダンボールをあけようとしたとき、新居のチャイムがなった。
いたってオーソドックスなチャイム音、とっさに息をひそめたが、おもわず右手からカッターを取り落としてしまう。
フローリングの床にぶつかったカッターが金属音をたてて、静かな部屋にひびいた。

マフラーをまきながら、おそるおそるドアに近づいて、インターフォンをみる。
そこには、細い目をさらに弓なりに細めた、スーツの男がたっていた。
ここの住人か、その住人のSSだろう、まぁSSとて住人であることに違いはないのだが。
そう思いながらドアをあける。

「ハロー♪」
「・・・」

軽やかな挨拶とともに手を振ってきたその男、だいたい20歳くらいだろうか、黒の手袋に銀色の目、そして片目を覆う包帯に、その赤銅色の髪にとりつけられた・・・黒のうさ耳。

入居したばかりの部屋に訪れた、スーツのうさ耳男(推定二十歳)。

あまりのことに声がでない。
耳をみつめながらかたまっていると、男はニコニコ笑いながら勝手に自己紹介を始めた。

「はじめましてっ。ボクは夏目残夏!一号室の渡狸のSSさっ」
「は、はぁどうも・・・魍利木蓮です」

なんとかフリーズ状態からぬけて挨拶を返す。
するとおもむろに夏目は紙芝居をだした。

「?」

うさぎが、ベッドにねている?病院?

「22年前に聖マリア病院で生まれた3020グラムの男の子!乙女座B型のおちゃめさん」

ハートマークつきでそこまで一息。そして私が反応を返すまもなく二枚目、うさぎにスポットライト・・・?

「ボクは百目の先祖返り、過去未来前世来世今日の下着の色まで、視たい物から視たくない物まで、なんでも視えたり視えなかったり」

なんかへんなことも混ざってなかったか!?そして三枚目、風呂敷をかついだうさぎ。
なんでもいいがなんでいい年齢の男性がうさぎ・・・

「そんなボクだから、人間不信や孤独と戦いながら東奔西走・・・そしてたどり着いたここ妖館!!」

テンションのあがりさがりが激しい人だなぁ・・・いやどっちかっていうとテンション高いまま気分がかわったり?
ここまでくると完全に傍観者モードで冷静に観察できる。

「遊び甲斐のあるご主人様を日夜守ってます♪」
「はぁ・・・」

反比例してこちらのテンションは最低調だ。
そんな気のない返事でも、彼はへこたれず、というか意に介さず、人差し指をピンとたててふった。

「これ以上はヒ・ミ・ツ、ミステリアスな残夏おにーさんなのだ!」

そっちのがそそるでしょ〜、と笑いかけてくる。なんのことやらさっぱりわからない。
というかうさ耳の22歳の男ってミステリアスどころかただの不審者だろう。

「え〜、不審者はひどいなぁ〜」

そう心中で思った瞬間返された。
ああ、視えるんだっけか。

「ごめんなさい」

素直に頭をさげて謝ると、きょとんとした顔をされた。笑顔以外の表情もできるのか。
なぜそんな顔をするのかはわからないが。

「なんですか?」
「いや、驚かれないからつい♪」
「?」

ますますわからない。

よくわからないうちに夏目は笑顔にもどってきいてきた。

「木たんは、視られたくないものとかないの〜?」

当然のごとくあだなでいきなりヘビーな話題を。
あだなにとまどったものの、気がついたら淡々とこたえていた。

「ないわけないでしょう」

なにをいまさら。あるにきまってるだろうそんなもの。
特に私は自己嫌悪のかたまりのようなものなんだから。

「ふーん・・・じゃあ視ちゃおっかなぁ〜?」
「ご自由に」

間延びした言葉を鋭く返す。
視られたくないが、視られてしまうのはしょうがない。
それより今は冗談めかした顔で迫ってくるのを避けたかった。

「・・・・・・」
「あ、これ、あとでお渡ししようとおもっていた物です。よろしければどうぞ」

と近所まわりようの菓子折りをおしつけて、頭をさげた。
これで彼と私の間に空間ができる。
そして自然な流れで彼を送り出し扉をしめ鍵をかけた。
一拍おいて玄関にくずれおちる。
膝ががくがくしている。手で口を覆った。

「こわかったぁ・・・」

おもわずもらした声がおもいがけず響いて、私はあわてて強く口をふさぎなおす。

そして片手を口元においたまま、ダンボールから爪切りを探した。
さっきあけた生活必需品の中の、一番上にあしまってある。
無言で爪を切る。白いところがなくなるまで、指のぎりぎりまで。
ぱちりぱちりというたびに、少し落ち着く。
最後にぎゅっと手をにぎって、手のひらに爪が食い込まないことを確認。

よし、大丈夫だ。

私は、大丈夫だ。


そうして、ダンボールの片付けに入った。
独りで。



独りは落ち着く。
誰も傷つけないから。

この爪で引き裂くことも、この口で貪ることもないから。

私の家、魍利家はだいだい栄えてきた。
祖先に、妖怪と交わったものがいた家は、不思議と栄える。
だからその家ではその血を濃くうけついだ先祖返りを、時に奉り時に拘束し、一族ぐるみで養う。
我が家も例外ではなかった。

黒紅紫の髪、赤紫の瞳、色白の肌に切れ長の目。

それが、白壁を覆いつくすように何枚も何枚も飾ってある。
いや、奉られているといった雰囲気だ。
代々の先祖返りの部屋、『始祖の部屋』という広い畳部屋が、私の住まいだった。
同じ日同じ時間同じ容姿同じ性質の私たちに、同じ部屋を与える。
同じ顔ばかりにうめつくされた部屋に、同じ顔の人間が住む。

私は、私なのだろうか・・・

幼いときからそう思うのは、当然の結果かもしれない。
なにが違うというのだろう、なにをもってして私は今の私なのだろう。
決められたパターンの顔が、服装だけかえて何枚も何枚も。
もしかしたら本当に、違うのは服装、時代、そういったものだけなのかもしれない。
先祖返りは、なぜか同じような運命をたどるというし。

そしてそれは私にとって、一際こわいことだった。

先祖返りは、稀に記憶まで受け継いで生まれてくる。
私が受け継いだ記憶は、どうやらとても古い記憶らしい。
部屋の写真にも残っていないくらい、古い先祖。
彼女は死肉を食らうために、人を殺していた。

魍魎、それが私の先祖。
死者を奪い、墓から掘り起こして死肉を食らう妖怪。
木川の精、人をまよわすというばけもの、などといわれるが、本当のところなにかわからない。
そんなよくわからない邪悪なものの血が、私に濃く流れている。

私がもっている記憶の主は、妖怪の本性に飲まれて、人をたくさん殺した。
何人も何人も殺して、その肉を食らった。
その爪で、その口で。
逃げる途中で水辺に落ちた男を押さえつけ、喉を切り裂いて。
夢中で食べ終わったあとふと水面に目をおとすと、血まみれの顔が映った。
その顔は私の部屋の写真と、鏡に映った私の顔と、瓜二つだった。

いつもここで飛び起きる。
荒い呼吸と繰り返す口をおさえ、おさえた手をみる。
暗闇のなかわずかな光を反射してぼうっと光る、白い手。
血はついていない。
夢だ、いつもの夢だ。
そう言い聞かせてもまだ落ち着かない。

私は爪切りをとるため、冷たいフローリングに足をつけた。

昼間、夏目と話したことを思い出す。
視られたくないもの、さっそく夢にみてしまった。
テーブルに放置されていた爪きり、その横に、昼間配ろうと思っていた菓子折りが積んである。
結局あの後、ダンボールを片付けることにかこつけて、一歩も部屋をでなかった。
正確にはでられなかった。

人と付き合うのは苦手だ。
私の手の届く範囲に人が近寄ることが怖い。
顔、特に口の正面に人が居ることが怖い。

いつか自分の血にのまれてしまうんじゃないかって。
いつか誰かを傷つけるんじゃないかって。

だって私は、彼女となにが違うのかわからないから。


爪を切って、口元を覆い隠すことで少し安心した。
感情を昂ぶらせて変化しないように、いつも傍観していた。

ここに越してきたのは、独りになるため。
マンションならば人付き合いもないだろうし、妖怪の類に襲われることも少なく、変化しなくてもいい。
だからSSも断って、他の住人とは離れた8号室を借りた。
最初に挨拶だけしたら、その後はきっと余計な干渉も少ないだろうと思って買った菓子折りだったが。

(明日、渡せるのかなぁ・・・)

明日は日曜だから、時間を見計らえば渡せるだろう。
そう思いながら、木蓮はベッドに戻った。

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