白雪姫

□兄と弟と妹
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雨が降っている。
冷たい雫がつたう石の前でたちつくす燐を遠目にみながら、ゆきは空をみあげた。
頬をぬらす涙は雨水とまじり、ぬるい感触が首筋まで流れおちていく。
その微妙なぬるさが、思い出させるのは・・・

(「まるで血みたいだ」)

自分の赤い瞳から流れる液体はやはり赤いのではないか・・・そんなばかげたことを考えながらゆきはつぶやいた。

「温い・・・」


―数日後―

空はどこまでも青く、舞い踊る桜は陽光を反射して、周囲を薄紅と白に染め上げる。
うららかな陽射し、まだわずかに冷たさを残す風が、落ちた花びらまで弄ぶ。まさに絶好の入学式日和。
そんな風景に見事に溶け込んだ少女―光に反射して銀色にもみえる白い髪とシャツ、紅色の瞳と短めのスカート―はやはりそんな風景など目に入らない様子で駆け抜ける。
相変わらず周囲からすこしずれた少女は、胸元で激しく踊るリボンを

「ええい、邪魔だ!!」

半ば引きちぎるように『男らしく』取り去ってカバンに放り込み、入れ替わりに黒いジャケットを取り出して羽織る。
その間にも足はとまることなく全力疾走。
しかし今度は好奇の視線もない―つまりは他に人のいない場所を走って走って走って・・・
またもやブレーキ音が聞こえそうなほどに急停止。きょろきょろと周りに人がいないか確認すること約1秒。
一応の確認をすませたらしいゆきは、古ぼけた扉の前で、ジャケットから鍵の束をがしゃがしゃととりだした。
「えーっと・・・これかな?」
そのまま迷うことなく鍵穴につまみだした真新しい鍵をさしこんでまわす。
あきらかに大きさも古さもあってない鍵と鍵穴だったが、カチンという音とたしかな手ごたえ。
それになんの違和感も感じないように、ゆきは扉を開け放った。

「遅れてすみません!!」
あけると同時に腰を直角に曲げて頭をさげる。
と、差し出された後頭部に上から教科書がたたきつけられた。
「遅い!!あと10分で授業始まるよ!」
それと焦りまじりの怒号の2コンボ。
ゆきはせめてもの愛想笑いをうかべて後頭部をさすり、いまの攻撃をくりだした実の兄をなだめようと訴える。
「いや・・・あのね?ちょっとそこにかわいいスコティッシュ・テリアがいて「ふーん、で?」
眼鏡の奥からそそがれる氷の視線に
「遅れて大変申し訳ありませんでした!」
再度後頭部を差し出すゆき。
入室早々繰り広げられる喧騒に、職員室の講師たちが目を丸くしているのも目に入らないだろう。先ほどより深く頭を下げる。
今度はそこに自らの手のひらをかるくのせ、雪男はため息をついた。
「もういいから。先生方ももう授業いってるし、挨拶はあとでね。早く教室にいこう?」
「うん!!」
とたんに元気になって頭を跳ね上げ、意気揚々と雪男にくっついて職員室を後にする妹と兄。
「・・・」
嵐が過ぎ去った職員室を、しばらく静寂がつつんでいた。
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