仮面

□剛毅
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雪子の救出から一夜明け、朝。貴子は自室で、携帯片手に首を傾げていた。
画面と音は現在進行形で、通話の着信を知らせている。ただ、相手が表示されないのだ。名前も、番号も、非通知表示すらない、空白の表示欄。古い機種だし、何かのバグだろうかと、さほど深く考えずに貴子は通話ボタンを押した。

「はい、もしもし」
『……もしもし』

電話口の声は、落ち着いた女性のものだった。心当たりのないような、しかし聞き覚えのあるような。

「えっと……すみません、どちら様ですか?」
『ふいにお呼び止めして済みません。過日、ベルベットルームにてお会いしました、マーガレットでございます』
「え……ええっ!?」

思わぬ相手に、貴子は取り落としかけた携帯を慌てて握り直した。ベルベットルームの住人たちは、彼ら曰く、“夢と現実の狭間”の存在。まさかこんなにあっさりと、現実世界に干渉できるものとは、貴子は思っていなかった。

「っていうか、いつの間に番号……!?」
『お気になさらず。それより、ひとつ……大切な忠告を忘れておりましたので、お耳に入れようと思いまして』
「え……は、はぁ。何でしょう」

彼らの話は、いつも何だかんだで重要だ。言いたいことは多々あったが、貴子はひとまず飲み込んで、マーガレットの“忠告”を受けることにした。

『コミュニティのもたらす絆もまた、ペルソナの力を高める大きな源……時を争い、ただ戦いだけに邁進しても、それで人が真に満たされることはないでしょう』
「コミュニティ……」

絆、すなわちコミュニティがペルソナを強くするというのは、当初から言われてきたことだ。ただシャドウと戦い鍛えるだけでは駄目だと、マーガレットはそう言いたいらしい。
これまでに手に入れ、カードとして貴子の心に現れたコミュニティは、3つ。愚者、魔術師、戦車。コミュニティがタロットカードに対応しているのだとしたら、貴子はこの町で、まだまだ多くの絆を得、育てなければならない。

『どうか、日々を無為に急がず、貴女の信じる歩調を大切になさいますよう』
「……分かりました」
『お忘れなきように。……それでは、失礼致します』
「あ、ちょっ」

要件だけを済ませ、電話は切れる。試しに操作してみた携帯に、着信履歴など残っていなかった。一方的ではあるが、これが彼らなりの“手助け”なのだろう。溜め息混じりに、貴子は携帯をポケットに突っ込んだ。

確かに、事件の動きが見えない今、貴子にあるのは、普通の高校生としての日常。それを思えば、貴子はまだまだ、この生活に馴染めてはいなかった。
もっと、知りたい、知らなければならない。町のこと、学校のこと、仲間たちのこと。

「おはよう、菜々子ちゃん」
「あ……おはよ」

それから、少しずつ心を開いてくれている、この小さな同居人のことも。
トースターをセットする菜々子の横で、今日は自分が卵を焼こうと、貴子は冷蔵庫を開けた。






「……部活、かぁ」

千枝は雪子の見舞い、陽介は臨時バイト。数少ない友人たちが先に帰ってしまい、放課後の廊下を1人でぶらついていた貴子は、掲示板の前で足を止めた。貼り紙には、“運動部の入部受付:4/19〜”とある。つまり今日からだ。
転校することが多かった貴子は、部活というものに入ったことがなかった。途中参加も途中退部も、居辛いうえ、周りに迷惑をかけるだろうと、ずっと敬遠していたのだ。

「……いい機会、かもなぁ」

コミュニティのためにも、プライベート面でも、新しい知り合いは欲しい。何より貴子の中には、実は随分長いこと、“部活”への憧れがあった。

「……よし」

何か、部活に入ろう。廊下の隅でひっそりと決意した貴子は、はたと、重大なことに思い至った。

「……部活って、どうやって入るんだろ」

確か、入部届、なるものが存在するらしい。しかしどこで手に入れて、どこに届け出ればいいのか。担任か、顧問か。そもそも八十神高校には、どんな部活がどれだけあるのか。

「……とりあえず、職員室、かなぁ……諸岡先生かぁ……うう……」

正直気が引けるが、他に頼る所もない。先の決意を感じさせない足取りで、貴子はとぼとぼ、職員室に向かって行った。



ちなみにこの一部始終、“話題の転校生が、廊下でそこそこ長めの独り言を”と、後にささやかな噂となるのだが。
久々に1人で過ごす貴子は、自分の癖が外で露見していることに、最後まで気付かないままだった。
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