仮面

□籠の鳥
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辿り着いた城の最上階。扉を蹴破る千枝を先頭に、一同は室内に駆け込んだ。

「雪子!!」

真っ赤な絨毯の上、薄紅色の着物姿が、うずくまるように膝を折っているのが見えて、千枝が叫ぶ。
そのさらに奥、高い階段の上に据えられた玉座から、立ち上がる気配があった。

「あれは……!」
「やっぱりだ……天城が2人!」

薔薇色のドレスを纏った黄色い目が、貴子たちを見下ろしている。予想していた通り、そこにいたのは、雪子のシャドウだった。

「あら?あらららら〜ぁ?やっだもう!王子様が、3人も!もしかしてぇ、途中で来たサプライズゲストの3人さん?いや〜ん、ちゃんと見とけばよかったぁ!」

雪子と同じ顔をした彼女は、その顔に似つかわしくない媚びた声音で、嬉しげに体をくねらせた。

「つーかぁ、雪子ねぇ、どっか、行っちゃいたいんだぁ。どっか、誰も知らない遠くぅ。王子様なら、連れてってくれるでしょぉ?ねぇ、早くぅ」
「むっほ?これが噂の“逆ナン”クマ!?」
「違うから」

テンションの上がるクマを制しつつ、貴子は、シャドウの言葉を反芻する。

「王子様が、“3人”……?」
「それ……まさかあたしと貴子も入ってるワケ……?」
「どっちかはクマでしょーが!」
「それはないな……」
「うん、ないと思う」

陽介のツッコミには頷いたものの、そうなれば、やはり。

「千枝……ふふ、そうよ。アタシの王子様……」
「!」

貴子の考えを見透かしたように、愉快げな声が肯定する。見上げた先、シルクの手袋に覆われた指先が、優雅に口元を隠していた。

「いつだってアタシをリードしてくれる……千枝は強い、王子様……王子様“だった”」
「だった……?」

シャドウの目が鋭く光り、払うように手が振り下ろされる。現れた唇は、もう笑っていなかった。

「結局、千枝じゃダメなのよ!千枝じゃアタシを、ここから連れ出せない!救ってくれない!」
「雪子……」
「貴子ちゃんだってそうよ!」

黄色い目の矛先が向けられ、貴子はぎくりと肩を揺らす。

「アタシを助けてくれた時、この人こそ王子様かも知れないって思ったのに!もうこの町に馴染もうとしてる、こんな古臭い場所に!がっかりだわっ!」
「あ……」

そうか、“助けた”。
転校初日、見知らぬ少年からのナンパに困る雪子を、貴子は確かに庇った。シャドウの言葉に、貴子は自分が“王子”になったきっかけに思い至る。
そして、“連れ出して欲しい”というのが、彼女の望みなら。それを自分が裏切ったのはきっと、あの河川敷だということにも。

「や、やめて……」
「雪子ちゃんっ……!」

階段の下で、薄紅色の着物が揺れる。シャドウがそれを捉え、忌々しげに表情を変えた。

「老舗旅館?女将修行!?そんなウザい束縛……まっぴらなのよ!たまたまここに生まれただけ!なのに生き方……死ぬまで全部決められてる!あーやだ、イヤだ、嫌ぁーっ!!」
「そんなこと、ない……」

言ってから、自分の声のか細さに、雪子は唇を噛んだ。強く否定したいのに、目の前の、自分と同じ姿を真っ直ぐ見ることさえできない。

「どっか、遠くへ行きたいの……ここじゃない、どこかへ……誰かに、連れ出して欲しいの……1人じゃ、出て行けない……1人じゃ、アタシには何もないから……」
「やめて……もう、やめて……」
「希望もない、出てく勇気もない……うふふ……だからアタシ、待ってるの!ただじーっと、いつか王子様がアタシに気付いてくれるのを待ってるの!」

芝居がかった自分の声が、雪子を嘲笑う。嫌だ。弱い、情けない、汚らしい。こんな姿、人に、千枝に、見られたくない。

「どこでもいい!どこでもいいの!ここじゃないなら、どこでも!老舗の伝統?町の誇り?んなもん、クソ食らえだわッ!」
「何てこと……」

罵声に顔をしかめ、雪子は顔を伏せた。違う。自分はそんなこと、思ってはいない。
出て行けない。ここで生きるしかない。だって、そんなこと、今更なのだ。自分はとっくに受け入れて、町のために、家のために。そうだ、だって自分は、とっくに、諦め、て。

「それがホンネ」

はっとして、顔を上げる。黄色い目が細く歪むのを見て、雪子の背筋が凍り付いた。
今、自分は、何を。“諦めて”?

「そうよね……?もう1人の“アタシ”!」
「ち、ちが……」
「よせ、言うなッ!」

違う、違う、違う。
自分を見下ろすドレス姿が、ぐにゃりと歪む。怒りによく似た感情が、爆発するように、雪子の口から言葉を噴き出させた。

「違う!あなたなんか……私じゃない!」
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