テキスト(学パロ)

□Fictional
2ページ/2ページ

「……なんで、隠れたんスか。別にやましいことしてるわけじゃないのに」

 物音がしたのとほとんど同時に、電光石火のごとく布団に潜り込んできた先輩。小さく丸まろうとしたのか無遠慮に覆い被さられて、体格差で息苦しいことこの上ないという状況下。
 これがさっきまでの私なら何も発せずただひたすらドキドキしていただけなんだろうけど、一度先入観を持ってしまった今、驚くぐらいに何も感じない。

「ご、ごめんね。なんか条件反射、で」

 その台詞も、ほんの少し前ならチャラいと思えたはずなのに。
 薄暗い布団の中で申し訳なさそうにしょんぼり顔を浮かべる先輩がやけに可愛く見えて、チャラさなんて微塵も感じられなかった。それどころか間近にある端正な顔立ちがあまりにも美しくて、思わず魅入ってしまうほど。
 ちょっと頭起こしたらキスできるよなー、なんて。呼び水に誘われて野暮なことを考えているせいか完全にその唇に目を奪われてしまった。

「重い、よね。すぐどくから」

 身体に掛かっていた重みがふっと軽くなる。

「キス、してもいいですか」
「え?」
「初恋の思い出が欲しいんです」

 我ながらどうしてそんなことを口走ったのかはわからない。ただ純粋にしてみたかったという好奇心と、柔らかそうな唇に吸い込まれるように自然と頭が浮いて、何か言い掛けて半開きになった先輩の唇をその返事ごと奪った。

「ご、め……」

 口づけたのはほんの一瞬。だけど先輩は居た堪れないような表情を浮かべて、なぜか私に謝罪の言葉を投げ掛けた。

「な、なんで謝るんスか? むしろ私が――」
「みなみー、起きてる?」

 三度開かれた入り口の扉から私を呼ぶのは麻里子先生だ。
 まさかの登場にはっと顔を見合わせて、近付いてくる足音に息を呑む。
 さすがにこの状況は説明し難いというか、相手が悪いというか。過保護な幼なじみにベッドの中で抱き合う姿を見られた日には、たとえやましいことがなかったとしても先輩はただじゃ済まないはず。その行く末を想像するだけで嫌な汗が額に浮かんだ。
 ひとまず先輩を布団の中へ押し込めて顔を覗かせると、カーテンを割って入ってきた先生とタイミングよく目が合った。その右手にはペットボトルが一本掲げられている。

「ポカリ買ってきたよ。気分はどー?」
「う、うん。もう大分マシになった。そういえばせんせのこと探しにきてた男子おったよー? 後夜祭お誘いしたかったっぽい感じやった。モテモテやーん」
「そうなんだ。けど生徒にモテてもねぇ。あ、起きれる? 水分取った方が熱も早く下がるからこれ飲みな」
「お……起きれないから、飲ませてほしいなー。……だめ?」

 今ここで身体を起こしたら先輩の存在がバレてしまうと思ってちょっと甘えた声を出してみた。彼女のことだから少し甘えればきっとこう返してくれるはずだ。
 もう、しょうがないな――と。

「もー、しょうがないなぁ。熱があると甘えん坊になるのはちっさい頃から変わんないよね」

 ああ、ほら、私の読みも捨てたもんじゃない。久しぶりに甘えたからか、誰がどう見ても恵比寿顔である。

「たまには甘えたいなぁって、思っただけやん?」
「遠慮しなくてもみなみなら毎日甘えてくれていいのに。でーもー、その前にぃ」

 前置きして、恵比寿顔のままなぜか持っていたペットボトルを白衣のポケットへとつっこんで。

「もうちょっと上手な嘘つこうねー?」
「え」

 満面の笑み。だけど目の奥は笑っていない。
 そのまま容赦なく布団を剥ぎ取られて、息を潜めていた先輩の姿があらわになってしまった。

「頭隠して尻隠さずだっつーの」

 ペットボトルの代わりに右手に掲げられたのは青のラインが入った上履き。観念するようにのろのろと身体を起こしてベッドの上に正座しはじめた小嶋先輩は、借りてきた猫のように完全に萎縮してしまっている。

「不純同性交遊流行ってんの? 大島さんはともかく小嶋さんまで。好きにしたらいいと思うけど、うちの純粋なみなみを弄ぶのはやめてくれるかな」
「弄ぶとか、そういうつもりじゃ……」
「そうだよ。私が勝手に好きになっただけやし。小嶋先輩のこと悪く言うなよ」

 何も知らないくせに状況だけ見て咎めてくるのは少しばかり腹が立つ。そりゃまぁ、ひとつのベッドの中に男女がいれば養護教諭として叱るべきところではあるかもしれないけど、そこは幼なじみのよしみで見逃して頂きたいというか。むしろ普段は見て見ぬフリをしていそうなのに私のことだから目敏くなっているような気さえするし。

「ねぇ、みなみ。それ本気で言ってる?」

 そんな麻里子先生から投げ掛けられた声に含まれるのはほんの少しの危惧の色で、それを裏付けるように表情が妙に険しい。私が反抗するように先輩を庇ったからかとも思ったけど、どうもそこが原因ではないようにも見受けられる。

「本気、やけど。私だってこ、こ、恋ぐらい、する、し」
「別に恋しちゃだめなんて言ってないよ。でも相手ぐらい選びな」
「……まり姉に小嶋先輩の何がわかんだよ」

 こいつはろくでもないから。
 まるでそう言われているような気がして、ぴしゃりと言い放つ先生を軽く睨んだ。

「そうだねぇ。あ、身体のサイズならわかるよ? 胸囲が――」
「ちょっ、な、なんで!?」
「なんでって。あたし保健のセンセだから」

 身体測定受けてるでしょ、と満面の笑みを浮かべる。
 何だか妙な話だ。妙というか違和感と言う方がしっくりくるかもしれない。
 いくら先生といえども一生徒の、しかも男子のサイズを逐一記憶したりするだろうか? ……いやいや、この幼なじみに限ってそれはない。相手が女子ならともかく、男子のサイズを記憶の引き出しに収めるなんてどう考えてもありえない。
 それに小嶋先輩のこの慌てよう。言わせまいと縋るように白衣に掴み掛かっている姿がどう見ても男には見えない。姿形は男なのに、仕草が女っぽいというか、私がそういう目で先輩のことを見始めているからそう見えてしまうのか。

「職権乱用じゃん。普通保健の先生ってそこまでしなくない?」
「ミスコンを二年も連続で優勝してるってどんなコなんだろうなーって興味持つのは自然の摂理でしょ?」
「だ、だからって身体測定の結果とか、関係ないし」
「ミスコン?」

 今ミスコンって聞こえたような。
 聞き間違いかと思って首を傾げていると、はっとした顔の小嶋先輩が私をじっと見つめてきた。その面持ちはどこか曇りがちで心なしか瞳も潤んでいるように見える。

「あ、わかった。女装してミスコン出てたんスよね?」

 女っぽい顔立ちだから、カツラを被って軽くメイクすれば余裕で優勝できそうだなと思った。先生の言うことが事実なら二年連続で優勝しているわけだし、小嶋先輩のビジュアルなら女装しても違和感なく映えそうな気がする。違和感がないどころか、女顔負けに可愛いに違いない。

「なぁに寝ぼけたこと言ってんの。小嶋は女だから。むしろ今が男装だし」
「……まり姉さー、気に入らないことあったらほんと適当なこと言うよね」

 ほんとか嘘かわからないような際どい発言をするのが篠田麻里子という人の特徴だ。万年エイプリルフールかと思わされるぐらいの物言いは年々ひどさを増している。

「失礼な。じゃあ自分で確かめたらいいじゃん?」

 そういって伸ばされた手が私の腕を掴んで、どこへ連れて行かれるのかと思えばその行き先は小嶋先輩の胸元へ。

「ね?」

 なにが、ね? なのかと一瞬顔を顰めてしまったけど、手のひらに訪れた思いも寄らない感触に顰めっ面は浮かんだまま消えようとしない。

「ごめん……」

 先生の発言を肯定するかのごとくに消え入りそうな声で吐き出されたのは本日二度めの謝罪の言葉だった。
 伏せ目がちの小嶋先輩はそれ以上何も語ろうとはせず、呆れ混じりにため息をついた幼なじみは私の頭をポンポンと撫でながら気を遣うようにカーテンの向こうへと抜けて行った。

 なにが一体どうなってるんだ。
 フィクション? いや、むしろノンフィクション?
 残された私たちの間にはもはや重苦しい空気しか漂っておらず、先輩は口を堅く閉ざしたまま視線すら合わせてくれない。
 これはきっと白昼夢かなにかだ。
 そう思ってほっぺたをつねってみても、そこに感じるのは紛れもないリアルな痛みだけ。じんじんと熱を持つ頬をつまんだまま、昼間からの出来事が走馬燈のように頭を駆け巡る。

「ま、マジかぁ……」




To be continued...


前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ