テキスト(学パロ)

□勘違いの奇跡
2ページ/3ページ

 重苦しい雰囲気のままD組の教室付近に辿りつくと、思いもよらぬ列が出来ていてしばらく並ぶこととなった。
 客層は圧倒的に女子が多い。意外と需要があることに驚いてしまった。
「板野は小嶋に用事があるだけなんだろ? 並ばなくても呼べば出てくると思うけど」
「いえ。気になってたし、せっかくだから覗いていきます」
「そ、そっか」
 はい、試合しゅーりょー。
 いるはずのない佐江の声が頭の中に鳴り響いた。
 これ以上どうすればいいのか、本当にわからない。少なくともあと三十分は掛かりそうだけど、沈黙のまま並び続けるのかと思うと気が滅入ってしまいそうだ。
「――さっきは生意気な口聞いてすみませんでした」
「え?」
「だめ、なんですよね。熱くなってくるとついタメ口になってしまうというか……」
 すみません、ともう一度頭を下げて板野は深いため息をついた。
「や、私が変なこと言ったのが悪いから。っつか、あれぐらいで生意気なんて思わないし、板野なら別にタメ口であろうと気になんないよ」
「どうしてですか?」
 不思議そうに首を傾げる。
 こういう顔をする時の板野は大抵アヒル口で、加えて上目遣いとなると死屍累々の可愛さで思わず目を逸らしたくなってしまう。
 後輩女子に対してこういう気持ちを抱くなんて、私は本当にどうかしている。
「先輩?」
「あー……大人びてるから。なんか、板野は。年下っつーより同級生の感覚に近いんだよ」
「それ、遠まわしにふけてるっていってます?」
 アヒル口がむっとした。
「そういう意味じゃないって。板野さー可愛いんだからもっと素直になれば? 捻くれてたら可愛さ半減するぞ」
「……別に、元から可愛くないですし」
 今度は拗ねてそっぽ向かれてしまった。
 面と向かって話すことがほとんどないから、表情がころころ変わるところに驚いた。どちらかといえばクールな印象が強いし、さらっと受け流しそうなタイプなのに根に持つところも意外だ。
「可愛い子がそういうこと言うと嫌味にしか聞こえないー」
「だから……秋元フィルター掛けすぎです。かわいいっていうのは小嶋先輩みたいな人のことを言うんですよ?」
「小嶋? あれは次元が違いすぎるだろ。比べるのが間違ってる」
 可愛いというか、美人というのか。
 学校内じゃ間違いなく郡を抜いているし、優子の話によるとモデルとしてしょっちゅうスカウトもされているらしい。芸能活動をしていても違和感が一切湧かないスタイルだから、逆に何もしていないことの方が信じられないぐらいだ。
「っつか、板野と小嶋って面識あったんだ?」
 生徒会だったり部活の先輩、後輩ならまだしも、帰宅部の小嶋と二年の板野との接点がまったく思い当たらない。さっき高橋と来た時だってまるで知らない素振りだったから、素朴な疑問が浮かんだ。
「いえ、面識はないです。生徒手帳を拾ったのでそれを届けに来ただけですよ」
「なるほど。落し物するとか小嶋らしいなぁ」
「そうなんですか?」
「うん。ちょっと抜けてるところがあって。まぁ、そういうとこが男心をくすぐるんだろうけど」
 ふわふわしてて、ちょっと天然ぽくて。温厚で人当たりも柔らかいし、男から見た小嶋は女神みたいなもんだと思う。
「秋元先輩もくすぐられます?」
「なにが?」
「小嶋先輩に」
「なにを?」
「男心?」
「……生徒会室、行く?」
「あ、うそ、ごめんなさい、うそです」
 わざとらしく肩を抱くと慌てて否定して苦笑いを浮かべて。
 板野の中で秋元才加のイメージは完全に男化しているような気がしてならないけど、間違いなく佐江の放った余計なひと言が原因だ。あいつがあんなことさえ言わなければ、今まで通りただの先輩、後輩でいられたのに。
 でも、そのおかげもあってか板野と少し距離が縮まったような感じもある。だから責めたい気持ちと感謝の気持ちの両方がもやもやと胸の辺りを渦巻いていた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ