テキスト(学パロ)

□微睡みの告白
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「小嶋先輩。先輩起きて下さい。先輩!」
「んー……?」

 さっきよりも強く揺さぶりを掛けて先輩の意識を覚醒させる。まだ微睡んではいるけど、薄っすらと瞳が開いた。

「あの。私、二年の高橋みなみといいます。一目見た時から、その……先輩のことが好きになってしまいました。私と付き合って下さい!」
「えっ……え? ちょっとみなみ?」

 確かにインパクトのある言葉でとは言ったけど。だからってこのタイミングで告白なんてするか普通。
 さっきまで狼狽たえてたくせに、今はそんな様子は微塵も感じられない。

「高橋ぃ……?」

 みなみの言葉を受けた小嶋先輩は相も変わらず寝ぼけ眼のままだ。さすが告白され慣れているだけあってかびくともしない。

「はい! 高橋です! お付き合いしてもらえますか!?」

 ――ああ、もう完全にスイッチが入っちゃってんじゃん。
 夢うつつな先輩に対して果敢に攻めるみなみはもはや別人だ。ともが何か言ったところできっと彼女の耳にその言葉が届くことはない。

「付き合う……? んーいいよー」
「はっ!?」

 返された言葉に驚いて声を上げたのはともだ。
 軽い。軽すぎる。女の子なら誰でもいいんじゃないのこの人。

「ま、マジっすか!? 高橋と付き合ってくれるんスか!?」
「うんー」

 のろのろと身体を起こして、大きく伸びをしながら返事をひとつ。
 口には出してないけどだるいという感じがひしひしと伝わってくる。

「ちょ……やめときなって! この人めっちゃチャラいじゃん! 見た目よくても中身最悪だよっ?」

 告白の言葉なんてまるで響いてない。とりあえず告られたからキープしとこうみたいに見えてすごいムカつく。こんな人と付き合ったらみなみが傷つけられるだけだし、これならともの男友達を紹介した方がずっとマシだ。

「あの、じゃあ……今日の後夜祭一緒に……」

 ……って、ともの言葉もまったく響いてないし。
 舞い上がっているみなみの視界にはもはや小嶋先輩しか映っていない。

「こーやさい? あー、後夜祭かー。いいよー」
「ほ、ほんとですかっ? じゃあ七時に桜の木のところで待ってますね!」
「んーわかったー」

 どう見てもぼんやりしながらの生返事なのに小さくガッツポーズをとるみなみ。
 恋は盲目という状態を生まれて初めて目の当たりしたけど、なんかすっきりしない。

「小嶋先輩。さっきからうるさいぐらいにアラーム鳴ってましたけど戻らなくていいんですか」

 自分でもわかるぐらいに不機嫌全開な言い方になったけど気になんてしてられない。いつまでも気怠るそうにしている姿を見ているだけで無性にイライラする。

「アラーム? ……ああああやっば! 戻んなきゃ!」

 その言葉で思い出したように慌て始めて、地面にある荷物を引っ手繰るようにして立ちあがった。

「ごめんね、起こしてくれてありがと」
「い、いえ」

 ――まさか頭を撫でられるなんて思わなかった。
 ともとみなみの頭をぽんぽんと撫でた後、やや駆け足で屋上から去っていく。身体が細身だからか、後ろ姿は女の子みたいに見えた。

「やばい、どうしよう……」

 今になって顔を火照らせて、頬を両手で包み込みながら崩れるように地面に座り込む。

「どうしようじゃないでしょ? なに考えてんの」
「な、なんも考えてなかった……勢いで……」
「……ばーか。あんなチャラい人、絶対やめたほうがいいって」
「わかってる、けど。でもなんつーか、自分じゃもう気持ち抑えらんなくて……めっちゃ好きになってるみたい……」

 まぁ、そうだとは思ったけど。
 みなみのように単純、純真、一直線を絵に描いたような性格だと、いざスイッチが入った時に歯止めが効かないのが厄介だ。

「ともは忠告したからね。泣くことになっても知らないよ」
「うん……」

 それきりみなみは黙り込んでしまった。
 悩ましげなため息ばっかりついて、先輩がいた場所をじっと見つめて。
 今は何を言っても上の空だろうから、しばらくの間一人にしてあげた方がいいのかもしれない。少し時間を置けば冷静になれる場合もあるし。

「ともは先に帰るから、ゆっくり考えてみたら? それでも気持ちは変わらないっていうんなら、後夜祭の時にもう一度きちんと伝えた方がいいと思う。なんか、めっちゃ寝惚けてた感じだったし」
「そうだね……そうしてみる」

 まるで小さな子供のようにごろごろと地面に丸まって、あー、とか、うー、とか唸りながら悶絶する姿はいたって真剣なんだろうけどついつい笑いが込み上げてしまう。

「ともちん笑いすぎやろぉ……」
「ごめんって。ま、大いに悩みなさい少年」
「はぁい。って男じゃねーわ!」
「あ、そっか。今は乙女だもんね。恋する乙女」

 茶化すように言うとさらに顔を赤くしながらそっぽ向かれた。幼稚園の頃から思い返してみても、耳まで真っ赤にして照れるみなみはこれまでに見たことがない。

「じゃあともはいくね。なんかあったら携帯鳴らして」

 あまりいじわるすると拗ねてしまいそうだから程々にして屋上を出た。めったに見れない姿だから名残惜しいけど、本気で小嶋先輩と付き合う気でいるんなら今後も今日みたいな状態に陥りそうだし、この手の話をあたし以外の誰かにするとも思えないし。
 それにしても小嶋先輩のチャラ男っぷりにはちょっと引いた。どちらかというとあたしもあーいうタイプは苦手な部類だ。
 みなみだって軟派な男は嫌いとか言ってたくせに、なんであの人に限って気持ちを揺り動かされたのかが不思議でならない。男になんて興味ない素振りだったけど意外と面食いなんじゃん。

「あ」

 階段を下りようとした矢先に何かを蹴飛ばして思わず声が漏れた。そこまで強く当たった感触はなかったのに当たりが良すぎたのだろうか。階段を跳ねるように落ちて行く何かを、あたしは駆けるように追いかけた。
 ――生徒手帳だ。
 踊り場まで転がったそれを手に取って中を開いてみると、

 三年D組 小嶋陽菜

 そう書かれた横の顔写真になんとなく見覚えがあった。
 誰だっけ。いつ見たんだろう。

「ミスコンの発表って三時からだっけー」
「そうそう。見に行くー? 今年小嶋さん出てないらしいから誰が獲るのか結構楽しみかも」

 ああ、そっか。去年ミスコンで優勝してた人だ。去年の文化祭で初めて見て、稀に見ぬ美人だったからめちゃくちゃ印象に残っている。噂によると去年が二度目の優勝だったらしいから今年もぶっちぎりなんだろうなとは思ってたけど、今回出場しないのだったら確かに誰がグランプリを獲るのかは気になるかもしれない。
 でも、なんでこんな辺鄙なところに生徒手帳が? さっき屋上に上がった時にもあったっけ?
 疑問は浮かんだけど失くして困ってるかもしれないからひとまず教室にまで届けることにした。本人が不在でもクラスメイトに渡しておけば手元には戻るだろう。
 幸いにも三年の教室は屋上を降りたすぐ傍。これが一年だとA棟まで足を運ぶことになるから億劫だけど、目と鼻の先に教室があるから文化祭を回るついでにD組に寄ってみようと思った。
 そういえば三年D組ってなにやってたんだっけ?
 さっき見ていた学祭のパンフレットをもう一度取り出して三年の欄を指でなぞっていく。

「A、B、C、D……あ、これ」

 上から四つめに並んだ文字。
 みなみが行きたいと言っていた男装喫茶だった。
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