テキスト(学パロ)

□恋は舞い降りた
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 結局保健室からまっすぐ教室に帰る気にはなれなくて足が自然と部室へ向いた。
 人の気配のない部室でごろごろとしていると、校舎や体育館から漏れ聞こえる喧騒が心地良くて今にも眠ってしまいそうだ。

「帰ってこないと思ったらやっぱりここにいたか。なんかあったー?」

 天井の代わりに映ったのは心配そうに顔を覗き込んでくるともの姿だった。ぼうっとしすぎていて、いつの間に部室に入ってきたのかまったくわからない。

「んー、なんでぇ?」
「みなみはなんかあったらすぐここにくるもん。ともにはばればれだよ?」

 身体を起こしてくれながら、当たり前のように彼女は言う。幼なじみの勘って本当にすごい。

「ともには嘘つける自信ないわー」
「悩み事ー? ともでよかったら話聞くよ?」
「……うん」
「あ、でも話したくないことなら無理には聞かないから。みなみが話してもいいって思ったら話して」

 隣にちょこんと腰かけて、窺うように見られると拒否なんて出来るわけなくて。
 ともはいつもそうだ。パーソナルな部分に突っ込んでくる割には内側と外側のギリギリのラインにいて、雰囲気で察して引いたり踏み込んだり。
 空気を読む力は私が知っている中でもずば抜けてトップクラスだと思う。
 その上、口がめっちゃ堅い。相談相手としては最良である。

「……ともちんって付き合ってる人いたっけ?」
「今はいないよー。あ、わかったぁ」
「な、なにが?」
「みなみ、好きな人出来たでしょ?」

 ずばり言われて言葉に詰まる。

「……なんで?」

 しれっと答えられそうなのは目に見えているけれど、一応理由を聞いてみる。

「みなみがこの手の話を振ってきたことが初めてだし、図星つかれて顔がめっちゃ赤くなってるから、かな?」

 ああ、ほら聞くまでもない。私の様子を見ただけで彼女には何でもお見通しなのだ。

「ともって観察力すげーよね……」
「伊達に幼なじみやってないからね。みなみのことならなんでもわかっちゃうよー」

 さっきリク先輩にされたように頭をぽんぽんと撫でられる。同じことをされているのに、ともに撫でられると落ちつくのは普段から母性を感じているからだろうか。

「それにしてもみなみにもやっと好きな人が出来たかー。どんな人なの?」
「んと……出会ったばっかで好きかどうかはまだわかんなくて……」

 誰、とは聞かないところがともらしい。あくまでも自分から話をさせるように持っていくのは教育者である両親の影響が大きいのかもしれない。問いただされると逆に言いたくなくなるから本当に話し上手だと思う。

「そっか。まだ確定じゃないんだね。その人に対してみなみは今どういう気持ちなの?」
「さっき廊下で派手に転んで……膝を擦りむいたんやけど、その時に起こしてくれた人がいて。わざわざ保健室まで連れてってくれて手当までしてもらっちった」
「へぇ。文化祭に来てたお客さん?」
「ううん。うちの生徒やと思う。衣装っぽいの着てたし、大島先輩と仲良さげにしてたから多分三年生、かな。茶髪で色白で、なんか女の子ばりに綺麗な顔立ちした人」

 一緒にいた時間は十分にも満たないけど、思い返しただけで身体が熱くなる。笑ったところを想像しただけで意識がくらくらとする自分が超絶キモい。

「一言二言しか喋ってないけど、なんかドキドキしてその人のことしか考えられないというか……それって好きってことなんかなぁ、って……ともはこういう経験あるん?」
「あるある。むしろ小中の時はずっとそんな感じだったし」

 さすが経験豊富なとも。笑いながら、一目惚ればっかりだったよ、と言えるこの余裕。恋愛経験皆無の高橋からすれば考えられません。

「一目惚れの多いともからのアドバイスとしては、見た目に騙されるな、だね。とりあえず話せる機会作ってみたら?」
「そっか……でも下の名前と学年しかわかんない」
「じゃあ突撃しちゃおっか」
「と、突撃っ?」

 言うなりともは立ち上がって私の手を取った。何も言わずに歩き出すから引っ張られるような感じで腰を上げることになって、わけがわからないままに彼女の背中を追い掛ける。

「と、ともっ。突撃ってどういうこ――いって」

 急に立ち止まられて顔から背中に突っ込んだ。勢いがあったせいか地味に痛い。

「目立たず三年の教室に行けるなんて今日ぐらいじゃん? 今から行って探そうよ、みなみが好きになったかもしれない人」
「は……む、無理やって。一般客もめっちゃおるし、八クラスもあったら見つかりっこないよ」

 突然何を言い出すのかと思えば探しに行こうなんて。あまりにも突拍子なくて思わずともの手を振り払ってしまった。
 見つかったところで何を話せばいいのかもわからないのに……

「さて、ここで問題です。あたしは誰でしょう?」
「だ、誰って。板野友美やん?」
「そんなベタな回答求めてないし」

 ばっさり切り落としてため息をひとつ。

「チャラチャラしてるように見えるけどさー、とも、こうみえても生徒会役員だったりするんだよね。大島先輩に聞いてあげる」
「あ、そっか。……って、ダメやって! 大島先輩の、か、彼氏かもしんないし。いいよ別にそこまでしなくても……」
「んー、わかった。じゃあ大島先輩には聞かないようにするから、とりあえず探しに行こ?」
「ええ!? ともちん、なんで今日はそんな積極的なん……?」

 どうしたんだろう。普段はどちらかといえばクールなのに今日に限ってやけに熱くてやけに強引。

「決まってんじゃん。みなみのことが好きだから」
「……え?」

 ほんの一瞬真面目な表情になって、けれどすぐにいつもの優しい笑顔が浮かんだ。

「バスケにしか興味ないと思ってたからさー。幼なじみには幸せになって欲しいと思ってる身としては心配するじゃん? 女子からばっかモテるし」
「そ、そんなことないっしょ」
「そのうち女の子と付き合い出すんじゃないかって思ってたから、好きな人が出来たかもって言われたことにすごいほっとしたもん」
「……いやいや。いくら高橋でもそれはないって」
「そお?」

 不思議そうに首を傾げての不敵な笑み。可愛いアヒル口が「全然説得力ないよー」って言っているようにしか見えないよ、とも。
 っていうか言われるほど女の子とべたべたしてないし。……多分。

「ほらほら、不服そうな顔してないで早くいくよー」
「ちょ……わかったから! 引っ張んなよぉ……!」

 いつになく乗り気なともはまたも強引に私の手を引いて今度は早足で歩き出して。
 完全に主導権握られてんじゃんこれ……
 もはや従うしかなくて、校舎に向かう私の心は、はらはら、どきどき、そわそわの三重奏がうるさいぐらいに奏でられていた。
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