テキスト(SS)
□蕩けるほどの温もりを/まりみぃ(非リアル)
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――自分でも本当に意地っ張りだなと思う。
浴衣姿で人混みに塗れて、心持ち下がった熱ではやっぱり気怠さは抜けないなと、屋台通りを歩きながら腰を落ち着かせられる場所を探している私。こんなことなら麻里子の忠告をきちんと聞いていればよかったと今更になって後悔する。
ダメと言われて、はい、そうですかと納得出来るほど私は素直な人間ではないから、麻里子もさぞかし扱いに困っていることだろう。
今頃部屋がもぬけの殻になっていることに気付いて慌ててるかな。いや、言うことを聞かない私になんか愛想をつかして普通に晩ご飯を食べているかもしれない。
たとえ会場に向かっていたとしてもこの人混みではまず私を見つけるのか困難で、どちらにせよ麻里子と花火を見ることは不可能だ。麻里子なら私を見つけてくれるなんて勝手に信じきっていたけど、花火大会の規模を完全に舐めていた。これだけの人がいる中で見つけられたとしたら、それはもう奇跡としか言いようがない。
「みぃちゃん?」
人混みに塗れて右往左往していると、背後からいつも聞きなれている声が聞こえた。うわ、奇跡だ、なんて思いながら振り返った先にいたのはやはり予想通りの人で。
浴衣姿に身を包んで仲睦ましく前田先輩と手を繋いじゃったりなんかして、ロンリーな私からすればそれはとても羨ましい光景に見えた。
みんなの前じゃあんまりべたべたしないくせに、二人きりの時は相変わらず恋人同士みたいな人達だ。でも、私だって本当なら今頃麻里子と……
「やっぱみぃちゃん。ひとりー? 今日は篠田先輩と来るって言ってなかったっけ?」
「あー、そうなんですけど」
「もしかしてはぐれてたりする?」
「うん、そーなんです。実ははぐれちゃったんです」
理由を説明するのが面倒くさくて高橋先輩の言葉をそのまま使わせてもらうことにした。どうせ麻里子と会うことはないのだから嘘をついたって構わないだろう。
「先輩たちみたいに手でも繋いでおけばはぐれることはなかったんでしょうけど」
「あっ……」
目敏く視線を繋がっている部分へ移すと、手を繋いでいたことすらすっかり忘れていましたと言わんばかりに慌ててお互いから離れる二人。余計な一言だろうなとは思ったけれど、自分を差し置いてラブラブされるのはいささか不満があった。
ごめんなさいお二人さん、と心の中で謝っておくことにしよう。でもやっぱり羨ましい。
「ってか、みぃちゃん顔色悪くない? 人に酔ったというよりか……熱があるような」
前田先輩ってば鋭い。ええ、そうなんです。実は熱があるんです。
……なぁんて、肯定してしまうと一人で花火に来たのがばれてしまうから私は首を横に振ってそれを否定した。
心配性の麻里子が熱のある私に外出許可を出すわけがないことぐらい日頃の行動パターンから読まれているだろう。それに気付かれるとこの二人のことだから自分たちのことをそっちのけで私に付き添ってくれるに違いない。せっかくの水入らずデートだというのにそれを邪魔するわけにもいかないから、何としてでも気付かれないようにやり過ごさなければならなかった。
「麻里子を探してずっと歩きっぱなしだから、体が火照ってるだけだと思います」
極々、当たり障りのない理由。けれど二人は顔を見合わせて納得のいかない表情を浮かべている。
「ほんとに大丈夫? うちらも一緒に篠田先輩探し……」
「ああ、大丈夫! 花火が始まってからの待ち合わせ場所は決めてあるから平気です!」
読んだ通りというのか、高橋先輩なら一緒に探すって言い出すだろうなと何となく予想は出来ていた。嘘に嘘を重ねることになるけれど二人から離れるにはこの方法しかない。こう言っておけば誰しも安心するものなのだ。……多分。
「そっかぁ。じゃあいいんやけど……一人だと何かと心配やしさー。早く先輩と合流しなね?」
「そうだよー。みぃちゃん可愛いんだから悪い虫がつく前に」
二人の言葉に愛想笑いを浮かべると「じゃあ、またね」と言って再び手を繋ぎ直して人混みの中へと消えて行った。
「可愛い、ね」
そんな風に前田先輩に言われたのはこれが初めてかもしれない。きっと高橋先輩と花火大会に来れたことやその浴衣姿に気持ちが昂ぶっているのだろう。でなければ普段の前田先輩から私に対してあんな発言が出ることはまずない。祭りが人間に与える影響力って本当に凄いなと思った。