テキスト(SS)

□掛け違えたボタン/こじゆう
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 誕生日なのに、なんて後ろ向き。考え出したらキリがなくて、このまま消えてしまいたくなった。
 ――もういいや。お風呂入って寝よう。寝て、なかったことにしてしまおう。
 ドラマの仕事が入ると気力も体力も普段の倍以上に削がれることぐらい私にだってわかる。共演者さんとの付き合いだってあるし、時間を縫うように他の仕事も入って自分のこと以外に気を配る余裕がほどんとないことも知っている。
 だから仕方ないって割り切るしかない。
 ゆうちゃんの夢に繋がる仕事でもあるから。全力で向かっているゆうちゃんに、陽菜が水を差すわけにはいかないから。

 少しだけ気を取り直してのろのろと身体を起こした。
 うさみみにご飯を上げて、さっさとお風呂に入って寝る。
 でも、頭では割り切ろうと思っているのに、ベッドから降りてもぐずぐずとしてしまって足取りはすごく重い。
 結構堪えてるんだなぁと実感して、深い、深い、ため息が零れた。

 その時、低く唸るような音がバッグから聞こえて、そういえば携帯を入れっぱなしだったことを思い出した。キッチンへ向かっていた足を止めて、音のする方へのんびりと歩く。
 音はすぐに鳴り止んだ。メールかなと思ってバッグから取り出すと、待ち受けに現れたのは不在着信の通知が一件。
 もしかしてゆうちゃんかも、なんてどきどきしながらボタンを押して履歴を確認すると、一番上に表示されていた名前は――高橋みなみ。
 ちょっとがっかりしながらも、たかみなからこんな時間に連絡が来るなんて珍しいから、なにかあったのかと思ってすぐさま折り返した。
『もしもーし』
 ワンコールで出た声は思いの外明るいトーン。
 落ち込んでたりしたらどうしようと内心心配していたから、いつも通りのたかみなだったことに正直ほっとした。
「どうしたのー? 珍しいじゃん、たかみなから電話してくるとか」
『まーたまにはねー。にゃんにゃん、今おうちー?』
「うん、家にいるよー」
『そっか。じゃあさ、今から行ってもええかなー?』
「は? 今からって……たかみなどこにいんの?」
『にゃんにゃんちのエレベーターをまさに今降りたとこ』
「……は?」
 もうつくから切るね、と言った傍からインターフォンが鳴った。ドアモニターに映っているのは、電話を片手に落ちつかない様子で周りに視線を張り巡らせているたかみなだ。
 彼女はアポなしでくるようなタイプじゃない。だから、やっぱりなにかあったんじゃないかと思って慌てて玄関へ駆けた。
「う、わっ。ちょ、ドア勢いよく開けすぎっしょ! びびるわ!」
 わざとらしく大げさに仰け反りながら、そこにいたのはいつもと変わらないたかみなだった。んだよ、びっくりして身長縮むやろぉ、とぶつぶつ独り言を言うあたりが普段とまったく変わり映えしない。
 そんな様子を目の当たりにすると少しでも杞憂した自分がばかばかしく思えて、項垂れるようなため息しか出てこなかった。
「いきなり来るとか、なんなの? お風呂入って寝ようとしてたとこなんですけどー」
 そのせいで、つい刺々しい口調になってしまう。
 自覚はしている。これは陽菜の悪い癖だ。
 たかみなに対して遠慮のない接し方になってしまうところは直そう、直そうと常日頃から思ってはいても、いざ本人を目の前にすると頭で考えるより先に口が動いてしまうから、いつまで経っても改善の余地がない。気を許している人にしか取れない態度ではあるけど、たかみなもそれを汲み取ってくれているから甘えてしまって、結局いつもあしらうような言動をぶつけてしまうのだ。
「ご、ごめんて。そんな機嫌悪くすんなよー。用事終わったらすぐ帰るから。な? 怒んないでよ」
 必ず一言めにごめんがきて、申し訳なさそうに眉尻を下げるのがたかみなの定番のパターン。
 ゆうちゃん然り、たかみな然り、まりちゃん然り。
 私の周りには気付けば甘やかすことに長けたメンバーが揃い踏みしていた。彼女たちがそういう質なのか、それとも私が甘やかして欲しいオーラを放っているのかはわからないけど。
「……別に怒ってないし。せっかくきたんだしあがったら?」
「あ、うん。じゃあ遠慮なく」
 素直じゃないというか、不貞不貞しいというか。
 もうちょっと可愛い言い方すればいいのに、と自分ですら思ってしまった。
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