テキスト(SS)

□ここが私の指定席/ノースリ
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 たかみな、と声には出さず手招きで呼び寄せる。
 不思議そうに首を傾げながら近づいてきたところで陽菜の身体を反転させて、背中にくっついたまま、二人羽織の要領で両腕を掴んだ。
「みぃちゃん、なぁにぃ?」
「たかみな、もうちょっと前」
 私が何をしようとしているのかまったくわかっていない陽菜はこの際無視して、まだ少し距離のあるたかみなを今度は声で呼びつける。
 おそるおそる無言で近づいてくるその表情には不安の色が浮かんで、優子顔負けのハの字眉毛が今にも破れそうな涙の膜を必死に護るように大きく下弦を描いていた。
「あ、その辺でいいよー。はい、ぎゅー」
 まだ少し距離はあったけどそこは陽菜の身体を押して無理やり縮めて、掴んだ腕をわざとらしく大きく広げながら陽菜越しにたかみなを抱きしめた。もちろん私には陽菜に抱きついている感覚しかないから、実際のところ腕さえ操られていなければ陽菜がたかみなを抱きしめているのも同然だ。
「おい!」
「ちょっとぉ!」
 謀った瞬間ほぼ同時に上がる二人の声。あまりにもタイミングが揃いすぎていてうっかり押し殺した引き笑いが漏れそうになった。
「仲直りのハグだよー。喧嘩いくない」
 ――まぁそのタネを作ったのは私だけど。ということはあえて噤んでおいて。
「仲直りもなにも、喧嘩なんてしーてーなーいー」
「言い合いしてたじゃん。あれも立派な喧嘩でーす」
 小さく身を捩りながらの節をつけたような言い方は、嫌がっている風にも見えるけど声に色があるように聞こえるのはきっと気のせいではない。たかみなを抱きしめるという行為に慣れていないだけであって、照れているような恥ずかしがっているような、どちらかといえばそんな声色だ。現に、嫌とか離してとか、一言も言わないし。
 対するたかみなはといえば威勢が良かったのは第一声めだけで、陽菜の腕に収まってからは口にチャックをつけられたように無言になってしまった。身動ぎすらせず、気味が悪いぐらいに静か。
「あんなの日常茶飯事じゃん。ねぇ?」
「う、ん……」
 不貞腐れたように陽菜は言って、たかみなは何も考えていないようにひとつ返事を打っているだけ。
 そこは「ほんとはにゃんにゃんと言い争いなんてしたくない」とかなんとかガツンと言うべきところだろ!
 ……と、言いたいところだけど、今のたかみなは腑抜けすぎていてまともな思考力なんてどうみても皆無。イレギュラーが自分の身に振りかかると女の子女の子した高橋みなみになるのは相変わらずのようだ。
「陽菜がさー。いつも喧嘩越しで突っかかるからたかみながそれ買っちゃうんじゃん? もうちょっと柔らかく接したげたら?」
「……だってさぁ」
「だってじゃないでしょー。陽菜が好きな子をいじめたくなるタイプなのはわかるけど、ちょっとあからさますぎ。周りにバレちゃうよ?」
「えー……そんな態度取ってるつもりないしぃ……」
 調子に乗ってぶっこみすぎたかなと思いきや、一切の否定もない自問するような呟き。
 それってやっぱりたかみなのことが好きってことなの?
 つられて私も心の中で自問する。
 好きな子をいじめたくなるタイプという言葉に対する言及はなく、その意味に気がついていないのか、それとも素直に認めているととっていいのか。後ろからでは表情が読み取れないからいまいちよくわからない。
「ねぇ、陽菜。それってさ――」
 言い掛けて、たかみながさきほど以上に不気味な大人しさなことに気が付いてはっとした。焦って言葉を思い切り飲み込んだせいで喉が生々しく音を立てる。
 もしかしてさっきの陽菜の言葉が頭の中に渦巻いてる?
 それを思うと「これ以上お節介はしない方がいいんじゃないのー?」と、もう一人の自分に警告されたような気がした。
「みぃちゃん、今なんか言い掛けた?」
「ん? んー……なんだっけ。眠くて言いたいこと忘れちゃった」
「おねむー? 言われてみればみぃちゃんめっちゃあったかいね」
「えへへ。お子様だからさー。眠いと体温高くなるの」
 ――よかった、なんとかごまかせた。
 陽菜が私に対してしつこく追及してくるような人じゃなくて心底ほっとした。
「あ、ねーねー。せっかく衣装着たんだし三人で写真撮ろうよ」
「いいねーとろー。でもその前に陽菜トイレいってくるね」
 私がさっと手を離すと戒めを解くように陽菜の腕もたかみなから離れて、小走りで控え室を出て行ってしまった。
 それを皮切りに一瞬で静まり返る室内。
「……生きてる?」
 陽菜の背中を追っていた目をふと元の位置に戻すと、石像かってぐらいにかっちかちに固まったたかみなが茹で上がったたこみたいな顔色で一点に床を見つめていた。
 この様子だと抱きしめられたことだけで硬直しているわけではなさそうだ。やっぱり陽菜の言った言葉の意味がぐるぐるしているに違いない。
「余韻に浸っちゃってこのこのー」
「ち、ちがう、から」
 茶化すように飛び付くと一気に力抜けしたようにふにゃふにゃになって、心なしか声も弱々しく感じた。言葉の節々に大体ついてるびっくりマークが今はどこにも見当たらない。
「たかみなどんだけ興奮したの」
「や、やめろよーそういう言い方……いきなりでびっくりしただけやし……」
 元々の体温がどのぐらいあったのかはわからないけど、眠くてあったかくなってる私ですら熱いと思えるぐらいに熱を持ったたかみなの身体にびっくりした。
 好きな人と触れ合うと私もこんな風になっちゃうのかな?
 普段よりも三割増し可愛い女の子に見えるたかみなを目の当たりにすると、ちょっと羨ましくなった。
「私さー。陽菜のこと好きだし、大切にしたいって思ってるんだよね」
「……え?」
「あ、もちろんたかみなのことも同じだけ好きで同じだけ大切だよ? 同率一位。二人のことが大好きなのね」
 あぶないあぶない、紛らわしい言い方で勘違いされるところだった。
 少しだけ間の空いた返事に言葉を改めると、一瞬だけ泣きそうな顔を見せたたかみながほっと息をついたのが背中に回した腕から伝わった。
「だからさ、陽菜のこと大切にしてくれて、なおかつ幸せにしてくれる人じゃなきゃやなの。わかる?」
「いや、なにが言いたいかよくわからん……」
「んー。つまり、いつまでも二の足踏んでたら麻里子や優子にさらっと持ってかれんぞって意味。なんかさー。なんかそれってやじゃん? たかみなは浮気とか絶対しなさそーだし、めっちゃ一途っぽいし、うざがられるぐらい陽菜のこと大切にしてくれそうだし、そんな二人なら私も応援出来るかなって」
 陽菜から見たら麻里子は年上で優子はおない歳。二人ともめちゃくちゃしっかりしてて頼れる存在で、付き合ってますって言われても申し分のない相手だと思う。
 でもなんていうか、これは単なる私の偏見でしかないけど、日頃の行いを間近で見ていると軽いというか、軟派というか、たらしというか。わざとそういう雰囲気を醸し出しているだけかもしれないにしても、なんとなくそんなイメージがあって、なんとなくいやだなって思う自分がいたりして。
 身内贔屓だって言われたら否定出来ない部分はある。でも、それを差し引いても陽菜の相手に相応しいのはたかみなしかいないと思った。
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