テキスト(SS)

□crazy for you!/ともみな
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「なんかって、なんで」
「ともが元気ないって。ため息ばっかついてるって聞いたから」
「だ、誰に?」
「峯ちゃん。公演の合間とか、終わった後とか、いつも思い込んでるような顔してるって言ってた。だからなんかあったんじゃないかって、心配で……」
 ここのところ妙に視線を感じたり公演中もみぃちゃんとよく目があったりするなとは思ってたけど、まさかともの様子がおかしかったからわざと見てた?
 もしそうだとすればみぃちゃんの観察力には脱帽する。しかもそれをキャプテンの才加ではなく別チームのみなみに言うあたりが何もかも見透かされているようで怖い。
「それでわざわざ時間作ってともに会いに来てくれたの?」
「そういう言い方すんなよ。なんかないと会わないみたいやん。テレビの収録とかあってもあんま絡まんし、二人やったら色々喋ってくれるかなって思ったからさ。ともが悩んでること、私じゃ解決出来ないかもしんないけど話を聞くぐらいは出来るっしょ?」
「……ほんとさ。みなみっていつも残酷なぐらい優しいよね」
「え? ど、どういう意味?」
 包み込まれたような温もりがそっと離れていく。さっきよりも近くなったみなみの顔は不安そうな表情でいっぱいになっていた。
「そのままの意味。優しすぎてムカつく」
 いっそ突き放してくれたら楽になるのに。
 本人にその気はなくても、付かず離れずの際どいところで繋ぎ止められている感じがするから余計にたちが悪い。
「む、ムカつくって、言われても」
「――なぁんて。冗談、冗談。そんな顔しないでー?」
 今にも泣いてしまいそうだったから、茶化したように笑って誤魔化した。
「ともが言ったら洒落にならんって。心臓に悪い……」
「ごめん。ただ、ちょっと優しすぎるなって思っただけだから」
「……優しくされるの、いや?」
 怖々と、あたしの様子を探るようにみなみは訊ねてくる。
「どう、かな。時と場合によるかも」
 勝手に好きになっておいて、優しくされたら辛いからやめてなんて身勝手すぎて言えるわけがなかった。
「んー……」
 濁すように答えてたつもりだけど濁しきれていなかったようで、みなみは納得のいかない表情を浮かべながら困ったように小さく唸り声を上げる。
「その……時と場合って、たとえば今は優しくされたくない時なん?」
 やけに突っ込んでくるのは二人きりだからなのか。
 みなみはあたしの返事を待つように真っ直ぐな瞳を向けてただじっとしている。
「されたくないっていったらどうすんの?」
 我ながら意地悪な質問だなと思う。こんな風に言われたらどう返せばいいのか困るのは目に見えているのに。
「……何をすれば優しいのかそうじゃないのか、自分じゃよくわかんない、けど……」
 一瞬だけ目を逸らして、一息ついてからみなみは再びあたしを真っ直ぐ見据えた。
「ともが優しくされたくないって思ってたとしても、私はいつも通りに接することしか出来んから。そのいつも通りが優しいって感じるんであればもうどうすることもできないっつか……」
 普通の人には応用問題でも優しいが代名詞のみなみにとっては基本問題で、今の言葉は教科書があればそこから抜粋したような答え方だと思う。
 確かに、根本的に優しい場合は優しくしないでなんて言われてもどうにも出来ないのが事実。それでも拒絶するのは、もう構わないでと言っているようなものだ。
「そうだよね。なにわかりきったこと聞いてるんだろ」
 ばかばかしくなって思わず失笑した。
「あのさ、とも?」
 そんなあたしを、穏やかなトーンがいさめるように名前を呼ぶ。
「違うチームなのに差し出がましいことしてるって自分でもわかってる。でもやっぱり心配なんだよ。だから話せることなら話して欲しい。何があったん? ファンの人にやなこととか言われた?」
 違うチームなのに、という言葉がちくちくと胸を突き刺す。同期なのに、やっぱりチームの壁があるように思えてしまってまた目の奥が熱くなった。
「……そんなんじゃないから。ってか別に何もないし。ちょっと疲れてたのがみぃちゃんには悩んでるように見えたんだと思う。だから、みなみは何も心配しないで?」
 泣きそうになるのを堪えながらめいっぱいの笑顔を作った。
 曇った顔をしているから変に気を揉ませてしまうのだ。笑っていれば、みなみだってこれ以上突きつめてはこないだろう。
 そう思った束の間。
「ともちん嘘下手すぎやろー」
 言いながら、今度はみなみが失笑する。
「はっ? 嘘じゃないって」
「何年一緒にいると思ってんの? 見抜けるって、これぐらいの嘘なら」
「うそじゃ、ないもん」
 何を根拠に言っているのかはわからないけど、やけに自信満々な発言で切り込んでくるからうっかり怯んでしまった。
「じゃあ、もっかい私の目を見ておんなじこと言ってみて?」
 それを見たみなみは確信を得たように口元を緩めて、あたしの頬を両手で包み込む。
「……なん、で」
「いつもこっちが逸らしたくなるぐらい人の目見て話してくんのに、さっき一瞬泳がしたっしょ。だから逸らさずに言えたら嘘じゃないって信じるわ」
 ――本当に抜け目がないな、と思った。
 本人ですら気付かなかった仕草をわずか数秒の間に見抜いてしまうなんて。いくらグループのリーダーをしていて観察力に優れているからとはいえ、ここまできたらもはや感心する域だ。
「嘘じゃなかったら出来るやろー?」
 催促するようにみなみは言う。
 首尾よく逃げる気でいたのに、思いもよらない行動を取られて言葉が喉の奥へかくれんぼしてしまった。至近距離でまじまじと見つめられて、思考さえも停止しそうになる。
「とーもー」
 とうとう目を開けていられなくなってぎゅっと閉じた途端にほっぺたを軽く引っ張られた。
「ご、めん」
「それは何に対してのごめん?」
「うそついて、ごめん。だからもう、離れて……」
 これ以上触れられていたら苦しくて心が押しつぶされてしまいそうだった。
 追いかけたくて、でもいざ届きそうになると逃げたくなって。頭と心のバランスがちぐはぐなせいで自分の本当の気持ちがわからなくなる。いつも敦子がしているみたいに今ならみなみを独り占めして触れることだって出来るのに、どうせこの場限りなんて思う自分もいて固まったまま動くことが出来なかった。
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