テキスト(SS)

□Sweet or Bitter?/にゃんみな
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 楽屋を出て行ったらしいたかみなの行方を捜していると途中でゆきりんとすれ違った。コーヒーを買いに行ったという情報を元に休憩スペースへ向かって、いきなり突っ込むのは気が引けたから観葉植物の陰からこっそりと自販機前のソファーを覗き込む。
「あれ?」
 見る限り、視界に映る人影はない。既に別の場所に移動してしまったのだろうか。
 じゃあ一体どこに?
 楽屋からの道筋はほぼ一本道。途中にあるトイレにでも入らない限り行き違いになることはないけど、そのトイレから出てきたゆきりんに休憩スペースの方に歩いていったことを教えてもらったから、たかみながトイレに入っていたことはまずない。とすれば絶対どこかですれ違うはずなのに、ここまでの道のりでたかみなを見掛けることはなかった。
「しんど……」
 自業自得とはいえ、変に身体が重いせいで動くのが辛くなってきた。近くにあったソファーに座り込んだけど、起きているのもだるくてそのまま横になる。
「もー。どこ行ったのたかみなー」
「にゃんにゃん……?」
 私の言葉に返事をするように声が返ってくる。でも姿は見えない。見えないけどそれは明らかにたかみなの声だった。
「あーみつけたー」
 こちらを覗き込むようにたかみなが現れる。すれ違わなかったと思えば、どうやら階段の方にいたようだ。
「どしたん? 何か用やった?」
「えーと、用っていうか……」
 とりあえず向き合おうと身体を起こそうとしたけど、一回横になったからか鉛のように重くて思い通りに動かない。ソファーが冷たくて気持ちいいのもあって、まるで力を入れることに拒絶反応を起こしているみたいだ。
「やっぱ調子悪いん?」
「んー測ってないからわかんないけど、才加がいうには熱があるみたい」
「マジ? ……そっち行っていい?」
 おそるおそる窺うようにたかみなは距離を詰めてくる。
「だめっ! あ、えーと、うつるかも……だし」
 謝りにきたというのにさっきと同じようにきつい言い方になってしまって慌てて言葉を付け足した。
 ――いい加減学習しようよ、私。
「急に寒くなったもんなぁ」
 それでもたかみなは気にする様子はなく、むしろ陽菜の忠告なんてまったく無視して近寄ってきたかと思うとおもむろにソファーの前にしゃがみ込んだ。
「結構熱いね。しんどいやろー」
 控えめな手が額に添えられる。
 才加の手よりは温かいけど、自分の体温よりは冷たい。触られているだけで熱が冷めるような気がして、薄っすらと目を細めた。
「うつるかもって、言ったじゃん……」
「そんなん気にせんし」
「たかみなまで倒れたらどうすんの」
「大丈夫。私は絶対倒れんから」
 何を根拠に言ってるのかはわからないけど、たかみなの眼差しはやけに強気で満ちている。ふと、AKBを背負うってこういうことを言うのかなと思った。
「オレンジジュースでいいよね」
 言いながら腰を上げて、のろのろと視線を移した時にはたかみなは既に自販機の前に立っていた。
「熱がある時は水分とったほうがいいらしいし。起きれる?」
「う、うん」
 手際がいいというか手慣れているというか。
 ジュースを買うところから身体を支えて起こしてくれるまでの一連の動きに無駄がなさすぎてぽかんとしてしまった。
 さすがメンバーからお父さんと呼ばれているだけあって気遣いのレベルが半端ない。
「ありがと。やっぱ優しいよね、たかみなって」
「……には特に」
「え?」
「ううん、なんでもない」
 ――にゃんにゃんには特に。
 聞き返したから聞こえてないと思ってるのだろうけど、確かにたかみなはそう呟いた。
 なんで? どういう意味で? 特にって特別ってこと?
 頭の中がぐるぐると自問自答でいっぱいになる。たかみながたまに零す言葉にはいつも惑わされてばかりだ。
「にゃんにゃん?」
「あ……あー、オレンジジュースおいしーなーって、思って……」
「そう? よかったー」
 たかみながはにかんだ瞬間、わけもわからず心臓が大きく跳ねた。
 私もなんか飲もーって背を向けられたから気付いてはいないだろうけど、熱という理由では済まされないほどに顔が火照っている気がする。
 ――やばい、これは絶対につっこまれる。
 そう思うと顔を見られたくなくて、自販機と睨めっこするたかみなの背中へ咄嗟に飛び込んでいた。さっきまで動くのもだるかったのに、こういうのを火事場の馬鹿力と言うのだろうか。
「うわ……え、えっ、え!? な、なに、なにか!?」
 たかみなの手からこぼれ落ちた小銭が甲高い音を上げて廊下を転がる。十円玉が向かいのソファーの足に当たって音をなくすと、辺りは静寂に包まれた。
 遠くから聞こえる楽屋の喧噪と、自販機の鈍い機械音がやけに耳につく。しんと静まりかえったせいで、もはや言い逃れ出来ない程に私の鼓動は高鳴っていた。
「ごめん」
「ご、ごめんってなにが?」
「さっきの。ムカムカするってゆったやつ。あれ、たかみなにムカついてるんじゃなくて、甘い匂いに気分が悪くなってただけなの。あん時お菓子いっぱい持ってたじゃん? だからつい近寄ってこないでって言っちゃった。主語がないから絶対たかみなは勘違いしてるって才加に言われて、そういう気持ちにさせたのもすごい嫌だし自分にもムカつくし、なんか、なんていうか……ごめんなさい」
 落ちついて火照りを冷まそうと思うと逆に焦って、完全に捲し立てるような言い方になってしまった。これでは不審がってと自ら告げているようなものだ。
 首に回した腕に力が入る。顔を見られたくなくて身体を密着させているから、早くなった心臓の音は確実にたかみなにも伝わっていると思う。
「そ、そうやったんや。よかった。てっきりなんか怒らせるようなことしたんかなって、思って……それか――」
「……それか?」
 言葉はまだ続きそうだった。促すとたかみなは口を噤んで、心なしか緊張したように身体を堅くした気さえする。
「……さすがにそれはないか。とりあえず怒ってなくてほっとした」
 自己完結するように打ち消して、深く息を吐く。小さな背中が上下に揺れる。
「気になるじゃんかー。言えよー」
「や、やだよ。調子乗んなって絶対言われっし」
 頑なに拒んだ横顔から唇を真一文字に結んでいるのが見えた。
 そこまでされると余計に気になるのが人間の性なわけで。
「陽菜に隠し事するなんていい度胸してんなコラー」
「か、隠し事ってわけ――ておいどこ触っ……あはっ、や、やめっ」
「吐かないと笑い死にしちゃうよ?」
 背中に抱きついたまま指でわき腹をくすぐる。たとえ衣装の上からでも爪の感覚は相当くすぐったいはずだ。
「か、勘弁してやー! 年下いじめかっこ悪い!」
「こんなにも愛が込めてあるのに?」
「あ、やっ……あ、愛なんてか、感じねぇわ!」
「ちょっ……」
 不意に足の力を抜かれて前のめりにバランスを崩した。
 絶対倒れると思ったから衝撃に備えてぎゅっと目を瞑ったのに、訪れたのは予想していたよりも柔らかい感触だった。
「茶化すなよぉ……」
 崩れ落ちたところをたかみなが抱きかかえてくれたのか。
 ほっとしたけど、びっくりが続いていて身体が強張ったまま動くことが出来ない。
「……だって。たかみなが話してくんないから」
「なんでにゃんにゃんが拗ねるんだよー。大したことちゃうし」
「大したことじゃないなら言ってくれてもいいじゃん! ばーか。たかみなのばーか!」
「ば、ばかはないやろー!」
 お互いに身体を押し返して真正面に向き合う。くすぐった余韻なのか、たかみなの瞳は目に見えてわかるぐらいに潤んでいた。
「バカ、だもん……」
「なんでだよー。とりあえずほら、座って」
 たかみなは不貞腐れる私をもう一度ソファーに座らせて、落とした小銭を拾い集めてから耳を澄まさなければ聞こえないほどの小さなため息を漏らした。言葉にしなくても呆れたと言われているようで、ぐさぐさと胸に突き刺さる。
 謝りにきただけなのに何やってんだろ私。
 ちょっと冷静になったらバカは自分の方だと身に染みて、たかみなにつられるようにため息をひとつついた。
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