テキスト(SS)

□まりことみなみ/まりみな
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「からかってないからね」
 頭をポンポンとされながら降ってきた言葉も、どこか嘘っぽく感じてみなみは微動だにしない。
「うそや」
「嘘じゃない」
「さっきだって、生放送がいっぱい控えてるから倒れられたら困るって言ってたじゃないッスか。心配してるなんて建前で本音は仕切る人がいないからってことなんっしょ」
 ムキになってしまったのもあって言い方が少し刺々しくなる。身体がだるいせいなのか、珍しく苛々とした感情が表立ってしまった。
「ちがう」
 そんなみなみに向けられたのは、はっきりと躊躇いのない否定の言葉。
 びっくりするぐらい力強い言い方に、みなみは怖々と麻里子に向き直った。
「ちがうから」
 もう一度念を押すように言った後、ゆっくりと腰を下ろしたのは椅子に座っているみなみに目線を合わせるためなのだろうか。
「全国規模の生放送で高橋みなみがいないなんて、AKBらしくないじゃん。みなみがいてこそのAKBなんだから」
「……そんな大げさな」
「大げさじゃないよ。口には出さないけどメンバーみんなそう思ってる。それに、今年こそ携帯の待ち受け変えるんでしょ? その本人が体調不良で欠番になんてなったら、一番後悔するのはみなみじゃん」
 昨年獲ることの出来なかったレコード大賞。今年こそは大賞を獲りにいく体でがむしゃらに一年間を駆け抜けた。無事に内定もして、あとは本番のみというところで体調を崩していたんじゃ、麻里子の言う通りの結果になることは間違いなかった。
「仕切りなんて、いざとなれば代わりになれるメンバーがいるし。でも、みなみの代わりはいないから。あたしは、みなみとおんなじステージに立って、おんなじ喜びを共感したいの」
 まっすぐに、揺らぎのない眼差しで鋭く見つめられて、みなみは喉を一度鳴らした。
「この一年間、みなみがどれだけ頑張ってきたかあたしは知ってる。ずっと欲しがってたものも、今年は手に入る可能性だって十二分にある。だから、しんどいときはしんどいって言いな。体調悪い時ぐらいみんなの心配するより自分のことを最優先にしな。あたしにだってみなみのサポートぐらいは出来るんだから。やることなすこと自分だけで背負おうとせずにもっと頼ってこいよ。大事なところでみなみがいなきゃ意味ないっつーの」
「は、はい……」
 みぞおちあたりを拳で小突かれて、あまりもの迫力にまるでサドに言われているような気分になった。そのせいか肯定の一つ返事以外に返す言葉が見つからない。
「……引いた?」
 びっくりしすぎて声を出せずにいると、ばつが悪そうに眉尻を下げた麻里子がおそるおそると訊ねてきた。数十秒前とは打って変わった様子に、戸惑いながら首を横に振る。
「ごめん。こんなこと言うつもりじゃ、なかったんだけど……」
 後悔するように顔を両手で覆って、大きなため息を一つ。
 思わず出てしまった言葉だったのだろう。鼻を啜った時に涙が混じっていることにみなみは気付いてしまった。
 ――こういう時に抱き締めたくなるのって不謹慎なんかな。
 自問しながらも、あまり見ることの出来ない麻里子の弱々しい姿に衝動が抑えられるわけなどなかった。
「な、なに?」
「んー。なんか急にぎゅーってしたくなっちった。嫌ッスか……?」
「……嫌なわけないじゃん。みなみからこういうことしてくれんの、珍しいよね」
「そうか――なぁ!? うわわっ!」
 一瞬で視界が高くなったことにびっくりして、みなみは麻里子の身体にしがみついた。目をきつく縛っているから、宙に浮いたような感覚以外は何が起こったのかまったくわからない。
「おさるさんみなみぃ。落とさないからそんなしがみつかなくても大丈夫だよ?」
 その言葉におずおずとしながら瞼を押し上げる。抱っこされているということに気付いたのは、麻里子の背中を視界に捉えてからだった。
「な、なんで抱っこ!? 重いから降りっ……」
「なにいってんの? 軽い軽い。片手でもいけちゃう」
「ややや、片手はあかんって!」
「篠田の筋肉なめてるー? こう見えてむっきむきなんだぜ?」
「それは知ってるけど! そういう問題じゃねっしょ!?」
 無茶ぶりが定番の麻里子のことだからいつ片手を離されるのかと思うと身動ぎをとることすら出来ない。先ほど以上に力いっぱい抱き付いて、言葉だけで抵抗を続ける。
「ま、麻里子さま、頼むから降ろして」
「なんで?」
「なな、なんでがなんで!?」
 即答されてたじたじと鸚鵡返しになった。
「もうちょっとこうしてたいから無理だね」
 みなみの要求など一蹴するように麻里子はさらりと言い放つ。
「むりがむりだって! 怖いし、それにっ」
「それに?」
 間髪入れずの疑問符。完全にペースを麻里子に持って行かれて、みなみはついに言葉を詰まらせた。
「……あのさぁ、みなみ」
「は、はい。なんでしょうか……」
「あと十秒以内に言わないと首筋にキスマークつけちゃうぞ?」
 一瞬、何を言っているのかがよくわからなかった。
 瞬く間にカウントダウンが始まって、あっけにとられているうちに早くも三秒前。
「にぃ、いち――」
「わああああ! 言います! 言うから待って!」
「……で?」
 ――ガチで上からマリコだこの人。
 みなみは観念したように脱力して大きく息を吐いた。
「ドキドキして……心臓が痛いから降ろして欲しい、デス……」
 さっきから年末のスケジュールと同じように忙しなく鳴り止まない鼓動。心拍数が上がりすぎてオーバーヒート目前まで迫っている状況だ。
 熱っぽいのが致命傷なのか、このままだったら意識が飛ぶのも時間の問題かもしれないとすら思った。
「なんでドキドキしてんの?」
 追い打ちを掛けるように麻里子は言う。
「それは……」
「それは?」
 ――なんでこんなにも容赦がないんだろう。
 今日に限って他のメンバーがいないことを軽く呪った。
「言わなきゃダメッスか……?」
「言えないようなことなの?」
 息もつかずにああ言えば、こう言う。
 何を言っても畳み掛けるような反撃に、いよいよみなみの引き出しも手狭になってきた。
 密着している身体が熱く、どう濁そうかと考えを巡らせすぎて意識が朦朧とする。
「みーなみ?」
「うー……今日の麻里子さまいじわるやぁ……」
「そうだよねぇ。自分でも思ったそれ」
「自覚してるんじゃないッスかぁ! ひどいよ……」
「だってさー。みなみが可愛いから」
 ふいに首筋に訪れた柔らかい感触。瞬間的に背筋をぞくぞくとした感覚が走り抜けた。
「まっ……な、なん」
「大丈夫。跡は残してないから」
「あ、跡って……! なんで首筋!?」
「……ほんっと不毛なこと聞くよねぇ」
 重いため息を一つ漏らしたかと思うと身体を支えていた手を緩められて、みなみはようやく地に足をつけることが出来てほっとした。
「唇にしたら嫌がるくせに。それとも、してもいいの?」
「へっ……」
 しばらく絡みついていたせいか浮き足だった感じがどうにも抜けずに足をぷらぷらさせていると、唐突に顎を押し上げられてまた間抜けな声が零れた。
 どうせまた茶化してんだろと思いきや、そんな雰囲気をまったく感じさせないほどに緊張感のある真顔で思わず固唾を飲む。
「ほ、本気で言ってる?」
「ゆっぴーやみぃちゃんじゃあるまいし。あたしが誰かにキス魔のごとくちゅーしてんのとか、見たことないでしょ」
「で、ですよね……」
 麻里子がメンバーとじゃれていたり過度のスキンシップを取っているところなんて確かにほとんど見たことがなかった。たまに陽菜に絡んでいるぐらいで、みなみの見える範囲内でべたべたしているところを目撃したのは片手で数えられるぐらいだ。
 そう思うと今のこの状況がいかに摯実かがわかってしまって、一気に緊張が走った。
「素直になれないというか、不器用なんだよね、あたし」
「っ……」
 ゆっくりと近づいてくる端正な顔立ち。
 どうしても唇に目がいってしまって、みなみは耐えきれずにぎゅっと瞳を閉じた。
「――レコ大獲れたらさ」
 唇に触れた感触が想像したものと違って、臆病に閉まった瞼をゆっくりと持ち上げる。
「みなみに言いたいことがあるんだ」
 下唇を指でなぞられて、また背筋にぞくぞくとした感覚が走った。
 目を細めて柔らかく微笑む麻里子に見蕩れたみなみは、心奪われたように彼女から視線を外すことが出来ないでいる。
「だからみなみも……ドキドキした理由、話してくれるよね?」
 言葉は出ない。小首を傾げる姿にとらわれたまま、小さな頷きをたった一度。
「……獲るよレコ大。だから、それまで絶対に無理するんじゃないよーキャプテン?」
「いてっ」
 額を軽く弾かれて、魔法が解けたようにはっと我に返る。
「お、おー! 絶対獲るぞー!」
「よしよしその意気。あ、景気づけにカツ丼でも食べに行く? 食べる元気ないかな」
「行く! 行きます! もちろん麻里子さまの奢りッスよね? 頼りにしてまッス!」
「おいおい、頼るってそういう意味じゃ……まぁいっか」
 しょうがないなぁと言わんばかりの笑顔につられてみなみもにっと歯を見せた。
「ほら、急いで着替えよ。食べる時間なくなっちゃう」
「はーい!」
 促されて、元気な返事を一つ。

 末に控えたレコード大賞のドキドキと、いつになく読めない麻里子に対するドキドキと――
 色々な思いに胸を弾ませていることがきっと功を奏したのだろう。
 さっきまでみなみを包んでいた気怠さは、いつの間にかどこかへ吹き飛んでしまっていた。


thank you for reading!
続きにあとがき。


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