テキスト(連載)
□不器用ラバーズ/ゆうみな
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「二人ともおつかれさまー」
「ともちーん! 疲れたぁ。大島さんは大いに疲れたよぉ」
敦子の腕に絡みついていた優子が、ともを見つけた途端に犬のように走り出したかと思えば勢いを殺すことなくそのまま飛び付いた。受け止めようとしたともの手から持っていた鞄が床に落ちる。それを目で追いながらもう一度視線を戻すと、あ、の形でぽかんと口を開けた優子と目が合った。なんだ、おまえまだいたの、とでも言いたそうな様相だ。
……別に、待ってたわけじゃねーし。ってか、恋人の前で別の女に抱き付くってどういう神経してんだよ。
「もー、暑苦しいからくっつかないでよ」
「いいじゃんー。疲れてんだから労ってよー」
「……はいはい。ちょっとだけだからね」
「ともちんならそう言ってくれると思ってた」
その上、慌てる様子もなくベタベタと。むしろ嬉しそうにデレデレして。私の時にはそんな顔一切見せないくせに。
なんなんだこいつ。めっちゃむかつくんですけど。
「たーかーみな」
内心イライラモード全開でいると後ろから歌うように呼ばれて、ふいと首を捻る。
「おわ」
「もう帰ったと思ってた。今日は終わるの遅かったのー?」
振り向いた時には敦子の両腕は私の首に回されていて、それから間もなくして身体に重みを感じた。
「遅くはないけどだらだらしてたー」
敦子が椅子代わりに私の太腿に乗っかってくるのはいつものことで、支えるように腰に手を回すと楽しそうな笑い声が返ってきた。どうやら今日はご機嫌さんらしい。
「なんかいいことあったん?」
「たかみなはなんか嫌なことでもあったの?」
まさかクエスチョンをクエスチョンで返されるとは思いもしなかった。だから何も答えを用意してなくて、明らかに妙な間が空いてしまう。
「……やなこととか、別にないよ。なんで?」
「眉間に皺寄せといてないはないだろー」
「あー……ちょっとお腹の調子悪いんだよね。だから険しくなっちゃってるんかも」
「え、お腹? 大丈夫?」
私の言葉で敦子はさっと退いて、心配そうな眼差しを向けながらお腹をさすってくれている。
咄嗟についた嘘にしては上出来だ。って、嘘に上出来もくそもないか。
「大丈夫。もうちょい休んだらマシになると思う」
「そっか……今日さ、優子とご飯行こっかって話してたんだけど、お腹痛いんだったら誘わない方がいいよね」
「……うん。今日はやめとく」
――優子とご飯、ね。
卒業が決まってからのこの二人は随分距離が縮まったように思える。元より仲が悪いわけではなかったけど、ライバル的な位置関係に見られていたから遠慮していた部分もあったんだろう。
それにしても最近一緒に居過ぎなんじゃね?
私なんて一週間に一度会えたらいい方なのに。
敦子の方が優子と過ごす時間を圧倒的に占めているような気がして、敦子に対して嫉妬紛いの気持ちが芽生えているのは事実だ。いや、嫉妬というよりは羨望に近いかもしれない。ただ純粋に、羨ましい。
敦子と会う時間があるなら私のことも構ってよ――
そう言えるもんなら言ってやりたいのが本音なのに、重いって思われるのが嫌だから口が裂けても言えるわけがなかった。
「お腹、痛くなってきちった……トイレ行ってくる」
お腹というよりはむしろ胃か――
嘘から出た真ではないけど下腹部をキリキリと締め付けるような息苦しさを覚えて、居ても立ってもいられなくなった。
とにかくこの空間から抜け出したい。
一心にそう思っているせいか妙な痛みは次第に強さを増して、ただの思い込みに過ぎないとわかってはいても吐き気すら催す。
「顔色悪いけど、ほんとに大丈夫?」
「ん、平気。心配してくれてありがとね」
ありきたりな定型句だよなぁと思いながらもそういう他に言葉が見つからなくて、心配されていることすらも後ろめたさを感じた。
のろのろと立ち上がって、楽しそうにじゃれ合う二人の横を抜けて、控え室の外に出てからようやく深呼吸をひとつ。
そういえばまだ着替えていなかった。着替えていればもうここへは戻ってこなくてもよかったのに。
でもそう思うことがなんだか二人を避けているような気がして、そんなことを考えてしまう自分にも無性に腹が立った。