テキスト(連載)

□不器用ラバーズ/ゆうみな
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 それでもやっぱり気にはなるもんで、握手会が終了に向かうに連れて無意識にそわそわしていたんだと思う。

「トイレ、今なら空いてるよ」
「へっ?」

 予定通りに握手会を終えて、椅子に座りながらだらだらしていたところへ唐突に降ってきた言葉に弾かれて顔を上げる。
 私と同じぐらいのタイミングで控え室に帰ってきたともが、いつの間にか私服に着替えてすぐ側に立っていた。いきなりトイレとか言われてもピンとこなくて、先を促すように首を傾げたらなぜか彼女も同じように首を傾げて。

「トイレ行きたいんじゃないの?」
「え、なんで?」
「さっきからずっと貧乏揺すりしてるから」

 てっきりトイレ我慢してるんだと思ってた、と言葉は続く。
 はっと息を呑んだ。自分でもまったく気付いていなかったから。もしかして握手会の最中もこんな感じだったんだろうか。だとしたら最低だぞ私。

「トイレ、じゃなくて……」
「あれ、違うんだ。そういえば優子、みなみが見つけたらしいじゃん。どこにいたの?」

 深く突っ込まれなくてよかったと安心した矢先の話題転換がそれか。
 今まさに優子のことを考えていたところだったから、何となく見透かされたような気がして作った笑顔が思わず引き攣った。

「非常口みたいな、階段のとこ」
「そんなところあったっけ? ってかよく気付くよね。さすがお父さん」
「お父さん言うなやー。ともちんも、優子のこと探してくれてありがとね」
「ああ、それ。さっきも聞こうと思ってた。なんでありがとうなの? みなみがお礼言うようなことじゃなくない?」
「それ、は……」

 とも的には素朴な疑問の一つにしか過ぎないんだろうけど、私にしてみればこれは返答に窮する十分な詰問だ。
 なんと答えれば違和感のない自然な理由になるんだろう。ぶっちゃけ小一時間考えたところで答えは出そうになくて、だから余計に焦る私の頭は思考を巡らせすぎて混線状態を引き起こす。

「ところで、着替えないの?」
「え」

 押し黙っていたらまた別の疑問が投げ掛けられて、考えの応酬で真っ黒になりかけていた頭の中が一瞬で白く塗り替えられた。

「そ、そだね、着替えよっかな……」
「そうしなよ。じゃあ、ともは帰るね。おつかれ」
「お、つかれ」

 ひらひらと手を振ってともは私に背中を向ける。
 彼女が投げ掛けた疑問に、結局のところ私は何一つ答えていない。いや、答えさせようとしなかったといった方が正しいかもしれない。私が言葉に詰まると話題を変え、わざと深く追求するのをやめる。きっと困っているのが見え見えなんだろう。こういう時のともは、びっくりするぐらいに引き際が良い。
 これが優子だったらはっきりと答えるまで逃してはくれない。強引だし、手荒だし、ちょっと歯向かったら倍にして返してくるし。
 だけどそんな優子のことが私は好きで、他のメンバーとは違う扱いにちょっとした優越感もあったりして。
 ああ、やっぱりどMなんだろうか、私……

「あ、そうだ」

 背中を向けたまま、何かを思い出したようにともは言う。

「何かあったらさ、相談してよね。面と向かって言いにくいんだったらメールでもいいし」
「え? あ、うん……」
「あー。でもみなみは筆不精だからメールなんてしないか」

 振り返ったともは苦笑いを浮かべていて、どうして急にそんなことを言い出したのかわからない私は戸惑った顔で彼女と対面する。
 もしかして私と優子の関係に気付いてる?
 そんなことあるわけないのに私を見るともの瞳があまりにも誠実で、たとえ気付かれていなくとも真情を吐露してしまいたくなるような思いに駆られた。
 いや、でも案外敦子のことをまだ引きずっていると思っているのかもしれない。
 よく考えてみれば卒業発表以来ともとその話はしていないし、撮影や収録で一緒になっても敦子がべったりで、ともとは本当に他愛もない会話しかしていないし。
 なら、少しだけ鎌を掛けてみるか?

「とも。あのさ――」

「あー、つかれたぁ」
「おなかすいたー」

 そうして話を切り出そうとした途端、扉を開け放つ音と気怠そうな二つの声に続きの言葉は遮られた。
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