テキスト(連載)

□キミのことが好きだから(完)/にゃんみな
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 座敷に戻ると席を立ってからそんなに時間は経ってないのにハイテンションな空間が出来上がっていた。シラフでいると完全に取り残された感が満載で、たかみなのことがなくても輪に入ろうという気はしなかったと思う。
「ひとりだけ気持ちよさそうに寝ちゃってさー」
 いつの間にか寝息を立てているたかみなを見ると羨ましくなった。賑やかな場所にいるのは嫌いじゃないけど、取り残された感じになるのはあまり好きじゃない。かといって呼ばれたとしてもテンションが違うことぐらいわかりきっているから行かないけど。
 でも、まるで別の空間にいるような感じはしても、膝の上にいるたかみなの体温を感じていると安心するし、別に居心地が悪いわけではなかった。
 いっそこのまま寝ちゃおうかな――
 寝顔につられてあくびを一つ。同時にため息がこぼれて、それが耳についたのか小さく身動ぎをしてからたかみなが重そうな瞼をこじ開けた。
「あ。ごめん、起しちゃった?」
 むき出しになったおでこを指の腹で何度か小突くと、小さく唸り声をあげながらの深呼吸。動きが三歳ぐらいの子の寝起きみたいだ。
「んー……いまなんじぃ?」
「いまじゅーじー。まだ寝てていいよー。盛り上がってるからまだ帰らないだろうし」
 少なくともあと一時間ぐらいは続きそうな気がする。仕事明けで明日もみんな仕事なのにほんとにタフな人ばっかりだ。
「もしかしてずっとこうしててくれたんー?」
「そーだよー。たかみないきなり意識失うんだもん。びっくりしたし」
「あー……」
 徐々に状況を思い出してきたらしく、私の顔をぼんやりと見つめるその表情が次第に曇っていく。
「なんでそんな顔してんのー」
 あまりにも悲しそうな顔をしていたから、ほっぺたを軽くつまんでぐにぐにしてやるとくすぐったそうに身をよじりながら少しだけ笑顔になった。
「にゃんにゃんにぎゅーってされたの思い出して……優子はこの温もりをいつも一人占めしてるんやなって思ったら羨ましくなっちった」
「羨ましい? なんで? たかみなだっていつもみぃちゃんとハグしまくってんじゃん」
 それはもう仲良しの度を超えてるんじゃないかってぐらいにベタベタと。ユニットで活動している時以外でも頻繁に見かける程で、それこそみぃちゃんの所有物みたいな感じにさえ見える。
「みぃちゃんとにゃんにゃんじゃ、気持ち的に違うというか」
「どう違うの?」
「好きと好きの違い……かなぁ……」
「は?」
 言っている意味がよくわからず首を傾げていると、突然手を掴まれて、またあの強い瞳に見つめられる。
「うちら一期からずっと一緒にやってきたやん?」
「あ、うん」
「最初はほとんど喋ったこともなくて、ノースリーブス結成してから仲良くなって」
「そうだね」
「でも、仲は良いって言っても優子ほどじゃなくて」
「そう、かな」
「当たり障りなく仲が良いって感じ」
「えー。当たり障りなくとか……そんな風に思ったこと一度もないし。めっちゃ仲良しだと思ってるよ、たかみなとは」
「そうやって誰にでも優しいとこ、好きだけど傷つくわ」
「なに? どういう意味なの?」
 一体何の確認をしているんだろうと思った矢先の傷つく発言。ますます意図がわからなくなって、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
「つまり」
「つまり?」
「恋の片道切符っつーか……」
「……ファンモン?」
「ち、ちげーし! あ、や、合ってるか……」
「さっきから抽象的すぎるんだけど。何が言いたいのかもっとストレートに言ってよー。男でしょ?」
「ほんとなー。なんで男じゃねーんだろって思うことあるわ」
「……どうしたの? なんか今日のたかみな変じゃない?」
 いつものように茶化して言ったのに、真に受けられるとこっちだって対応に困る。普段なら「男じゃねーわ!」とか笑いながら全否定するくせに、今日のたかみなは肯定してからのしょんぼり顔。どうしていいのかわからなくなる。
「変なのはいつものことやろー。まぁ酔っ払いのたわごとやと思って聞き流しといてよ」
 投げ遣りな台詞にあくびをひとつ。さっきまでの真剣な面持ちはあっという間に影も形もなくなった。
「酔っ払いっていうほど酔ってないじゃん。さっきから隠し事ばっかりでさー。むーかーつーくー」
「にゃはは。今日ムカつかせてばっかりやー。でも脹れっ面のにゃんにゃんも可愛くて好き」
「なんで楽しそうなわけ!?」
「えー? にゃんにゃんと喋ってるだけでたのしーもん。普段あんま構ってくんないし、今は一人占め出来てるし」
「なにそれ。もー……ほんと調子狂う。なんかうまいことはぐらかされてるし」
「現状維持しといた方がいい時もあるって学んだわけですよぼくは」
「……はいはい。結局話したくないってことでしょー。もういいよ。何言ってんのか理解出来ないし」
「呆れちゃった……?」
 掴まれた手にきゅっと力が入る。窺うようにじっと見つめてくる瞳が少し潤んでいるように見えるのは照明の加減なのか、それとも本当に泣きそうになっているからなのか。なんだかすごく情緒不安定な感じで、本当に掴みどころがない。
「呆れるっていうか……こんなにはぐらかされたら誰だって拗ねるでしょ普通」
「……だよね。ごめん」
「まだ、話してくれる気にならない?」
 緩められた手を今度はこちらから握り返す。
 問い詰めるような感じではなく訴えかけるように優しく訊ねると、観念したように深く息を吐いて、のろのろと身体を起こした。
「勘違いされたらやだから先に言っとくけど……今から言うことは酔った勢いじゃないからね……?」
 正面に向き合ったたかみなは自信がなさそうにそう言って、何度も何度も深呼吸を繰り返している。どこかで見た覚えがあるなと思えば、AXの時のソロで出る間際と同じぐらいの緊張顔だ。そんなに思い詰めた表情をされたら、私だって構えずにはいられない。
「あの、ですね……」
「……はい」
「さっきトイレで……好きな人おらんって言ったけど、さ。いるんだよね、ほんとは」
「えっ。あ、なんだその話……てっきり私に関する話だと思ったからめっちゃ構えちゃったじゃん」
私にとってはそういえばそんな話もしたっけ程度の内容。言われなければ思い出すことすらなかったかもしれない。
「や……構えててもらった方がありがたいかなぁ……みたいな……」
「それって私が知ってる人ってこと? もったいぶらないで教えてよー」
 構えなければいけないほどの相手って誰なんだろう?
 音楽関係者か、テレビ局の人か。年上好きって聞いたことあるからもしかして番組のスタッフの中にいるとか。
「知ってるも何も……」
 思いつく限りの人を思い浮かべていると、たかみなはなぜか苦笑いとともに私の顔をじっと見つめて。
「今、ここにおるし」
 はっきりとそう言って、それからすぐに顔を伏せてしまった。
 ……ここにいるって、つまりメンバーの中にいるってこと?
 それはないと思い返したけど、たかみなの反応を見る限りはどうにもマジっぽい。構えてくれと言った意味がようやくわかった。これは確かに動揺する。
 でも誰……?
 盛り上がっているメンバーに気付かれないよう窺っていると、その時、一人だけ該当する人物が浮かび上がった。
 まさか――いや、でも、これまでのたかみなの態度を考えたら一番可能性があるのは彼女しかいない。
「あ、あのさ。それってもしかして……ゆうちゃん……?」
 ゆうちゃんが私に絡んできた時の拗ねるような態度も、そのすぐ後に見せた寂しそうな顔も、トイレの中で追求した時に答えてくれなかった好きな人の名前も、相手がゆうちゃんだとすれば全部納得のいく行動だ。ゆうちゃんが私に対して好意を抱いていることぐらい誰が見たってわかるから、きっとたかみなは私に遠慮していたに違いない。ああ、絶対そうだ。
「ごめん、私全然気付いてなくて……ってか水くさいじゃん! もっと早く言ってくれたらよかったのに……」
 いつから好きなのかは知らないけど、気なんて遣わず言ってくれればそれなりの距離だってはかれたはずだ。
「あの……小嶋さん?」
「ああ、大丈夫、私むしろ応援するから。たかみなには幸せになってほしいし」
「いや、だから。応援されても困るんやって……」
「なんで? 別に気ぃ遣わなくていいって。こういう時ぐらい自分の幸せのために頑張りなよ」
 ただでさえ自分を犠牲にしがちなたかみなにはほんとに幸せになってほしいと思う。
「んー……それは無理やと思う」
「無理とか……最初から諦めるなんてたかみならしくない」
 やる前から諦めるなを見本にしたような人間なのに、そのたかみなの口からそんな言葉が出るなんて。恋愛ごとに関しては奥手になるんだろうか。といっても相手が相手だから諦めたくなる気持ちもわかるけど。
「最初から諦めてたわけじゃないよ? もちろん可能性は低いだろうなとは思ってたけど。やっぱり予想通りだった」
「それってもう言っちゃったってこと? その、好きって……」
「ちょっと濁した感じにはなっちゃったけどね」
 自嘲するように笑う。なんだか私まで胸が痛くなってきた。
「濁したとか……意外と鈍感、というか、本気に取らないと思うから、そういう言葉ははっきり言った方がいいよ? まずはそこからじゃん。まだスタートラインにすら立ってない」
「はっきり……言わないとやっぱり気付かない?」
 瞳に浮かべられる不安の色。ここで私が怯んだらたかみなはきっと挫けてしまう。
「はっきり言った方がいいと思う。私だったらごまかさずに気持ちは伝えて欲しいな。もし、もしね。ダメだったとしてもその時は陽菜がなぐさめてあげるからさー。好きっていう気持ちは全力でぶつけよう?」
 たかみなの手を取って、頑張れの意味を込めてぎゅっと握る。
「……わかった。じゃあはっきり言うよ」
 少し考え込むように目を伏せていたけど、覚悟を決めたように一度だけ深呼吸。まっすぐ見つめてくる瞳に、迷いはほとんど見えなかった。
「でも……ダメだったら、みぃちゃんにでもなぐさめてもらおうかな……」
「なんでみぃちゃん? 陽菜じゃ役不足ってこと?」
 それとも恋敵みたいなポジションだから嫌なのかな。
「や……フラれてその本人からなぐさめられるとか聞いたことないっしょ。あっても辛いわー」
「なぐさめるのゆうちゃんじゃなくて陽菜だよ?」
「それが無理なんやって」
「ひどー。どうせ包容力がないとでも言いたいんでしょ」
 落ち込んだ人を励まして元気にしたりだとか、話を聞いて助言したりだとか、そんな性格やキャラじゃないことぐらい言われなくなってわかっている。自負しているけど、改めて人に言われると拗ねたくなるわけで。
「包容力がないとか、どっから出た話?」
 少し呆れ気味にたかみなは言う。
「たかみなが言ったんじゃんー! 私になぐさめてもらうことは無理って」
「言ったけど、包容力がないからなんて一言も言ってへんやん?」
「無理なんて言われたら言ったも同然だもん……」
「……ほんと。ストレートに言わなきゃわかんないってよくわかったわ」
「なにそれー。どういう意味?」
 失笑しているのかはにかんでいるのかよくわからない笑顔を浮かべながらついた、何度目かのため息。
「鋭いようで鈍いところも好きだけどさ」
「なにが?」
「にゃんにゃんが」
「私?」
「そう。小嶋さん。私が好きなのは優子じゃなくてにゃんにゃんだから」
「ああ、そうな――は……?」
「好きだよ、にゃんにゃん」
 ――いま、なんて?
「……ほら、困った顔になった」
「や……あの……え?」
「だから無理って言ったやん。当事者やのになぐさめるなんて出来っこないって」
 突然のことにびっくりして力が抜けるのと同時に、手の中からそっと温もりが消えた。拳一つ分距離を開けて正座しているたかみなは、頑張って作ったらしい笑顔とともに今にも零れそうな涙を目尻に溜めている。
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