テキスト(連載)

□キミのことが好きだから(完)/にゃんみな
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 座敷から出るとすぐ目の前がトイレで、引き戸を開けたら手狭な空間に個室が二つ。そのうちの一つは空室だから、もう一つの中にいるのがたかみなだろうか。
 違う人が入っていた場合を想定して控えめにノックを三回。
 ……返事はない。
「たかみな……?」
 名前を呼んでみても一向に静かなまま。
 たかみなじゃない人が入っているということも一瞬だけ浮かんだけど、違ったら返事はありそうだし、出てきたところを見ていないからやっぱり中にいるのはたかみなで合っているとは思う。
 もしかして中で倒れてる……?
 嫌な考えが頭を過ぎって、血の気が引いた。物音ひとつしないからその可能性だって低くはない。
 どうしよう……誰か呼んできた方がいいのかな……
 どうすればいいのかわからなくなって扉の前でしゃがみこむことしか出来なかった。
 その時、中から呼吸音が聞こえたような気がして扉に耳をくっつけてみた。等間隔に吐かれる息。これってまさか寝息?
「たかみなー!? こらー! 起きろー!」
「う、わあ、わわ、な、なんや!?」
 外に漏れない程度に扉を叩きまくって、ようやく中から声が返ってきた。この変な関西弁みたいな喋り方は間違いなくたかみなだ。
 びっくりして飛び起きたのかあちこちにぶつかって暴れているような音が聞こえる。
「かぎ! かぎ開けて!」
「あ、はい、ま、まって」
 言われるがままに慌てながら出てきたたかみなは完全に寝ぼけ眼で、現状をまったく把握出来ていない様子。
「呼んでも叩いても反応ないから倒れてるのかと思ったじゃん!」
「ごめん……めっちゃ寝て……」
「もー、心配させないでよ!」
 喋りながらも意識が朦朧としているようで、倒れそうになったところを抱き抱えるように支えてあげるとほっとしたように息を吐いた。
「にゃんにゃんふわふわやーらかくてきもちー」
「ふわふわしてるのはたかみなでしょ。吐いた? 気分はどう?」
「んーん。吐いてないー。吐くほど飲んでねーし」
「ええ? だってさっき気持ち悪いからトイレ行くって」
 出て行く間際、ふらふらしていたし確かに気分が悪そうだったのに。
「あー、あれは嘘」
「は?」
 しれっとした顔で言うから思わず身体を押し返してしまった。
「なんでそんなうそついたの」
 心配して損した、というわけではないけどつい咎めるような口調になってしまう。
「……なんと、なく。嘘ついて心配させてごめん」
「なんとなく?」
 たかみなに限ってそれはない。その証拠にいつもまっすぐな瞳がわかりやすいぐらいにあちこち泳いでいるし。
「うそばっかり。私、うそつかせなきゃいけないことなんかした?」
「な、なんでそうなるんだよぉ。もういいやん、戻ろうよ」
「イヤ。ほんとのこと教えてくれるまで帰さないから」
「ちょ、ちょ!」
 ひた隠しにされるとムカつくわけで、何食わぬ顔で出て行こうとするたかみなの手を掴んで個室の中へと押し込んだ。二人で入るには少し狭いけど、逃げるスペースはないからかえって好都合だ。
「にゃ、にゃんにゃん、今日積極的すぎん? 酒入ってる?」
「一滴も飲んでないし。隠し事されるのムカつくんだもん」
 明らかに何か言いたそうな顔をしているくせに、プライベートのたかみなは本音を隠したがる節がある。本体で活動している時は物怖じせず発言しているのに、その反動とでもいうように肝心なことを話してくれない時が多いような気がする。
「ムカつくって言われても……トイレでする話じゃねーし。っつかこんなとこ優子に見られたらまためんどいことになるやん」
「それ以前にこの状況がめんどいとか思ってるんでしょ? 放し飼いせずにちゃんと首輪付けとけって」
「聞こえてたん……ごめん」
 バツが悪そうに苦笑いを浮かべて、この件に関しては否定しようとしない。つまり、そういう風に思っていたという事実を証明しているようなものだ。
「放し飼いとか……ゆうちゃんの所有物みたいに言わないでよ」
「所有物っしょ?」
「ちがうし! どうみても一方的に好かれてるだけでしょ」
「そうかなぁ。まんざらでもないと思うけど。好かれて悪い気はせんやろ?」
「それは、そうだけど……」
「じゃあ別にいいやん。にゃんにゃんが他に好きな人がいるってならだめやろうけど」
「好きな人なんて……たかみなだっていないでしょ?」
「は? な、なんの確認なんだよそれー。私のことはどうでもいいやろ」
「そういう言い方するってことはいる……よね?」
「や、お、おらんって……」
 まさかとは思いながらも揺さぶってみると明らか動揺したように言葉を詰まらせた。こんな態度を取られたらいると肯定しているようなもんだと思う。
「誰? 陽菜の知ってるひと?」
「ややや、だからおらんって言って――」
 そのタイミングで引き戸の開く音とともに人の気配を感じて、二人して息を飲んだ。
「みなみ、中にいる?」
 ノックの音とともにたかみなを呼ぶ声はまりちゃんだ。姿が見えないことに気がついて様子を見に来たのだろう。
「い――」
「まりちゃん? たかみな、まだちょっと気持ち悪いみたいで。陽菜がついてるから大丈夫だよー」
「あ、にゃろが一緒なの?」
 声を出し掛けたたかみなの口を塞いで、外にいるまりちゃんに私の存在を知らせる。
 別にやましいことをしてるわけじゃないけど、個室の中に二人いるという状況が先にバレた時のことを考えると、あらかじめ先手を打っていた方が気持ち的に安心出来るような気がしたからだ。
「気持ち悪そうな演技して」
 小声で耳打ちすると無言で頷いてから咳を数回。苦しそうに唸るところなんて、たかみなにしては名演技だと思う。
「ちょっと、ほんとに大丈夫!?」
 逆に咳き込みすぎたのか、かえってまりちゃんを心配させたようで激しく扉が叩かれる。これじゃあ外にまで丸聞こえだ。
「ま、まりちゃん、大丈夫だからそんなに叩かないで、事が重大になっちゃうじゃん」
「わかった。わかったからとりあえずここ開けてくれる?」
 すんなりと引き下がってくれたかと思いきや、まさかの要求。
「う、うん。ちょっと待って……」
 開けてと言われて嫌なんて言えるわけもなく。
「たかみな、具合悪そうにして私に抱きついて?」
「な、なんで嘘つき通すん? 普通に出てったらいいんじゃ」
「何もないのにトイレの個室に二人で入るって普通に考えてありえないでしょ? 気分悪いことにしとけば変に思われないじゃん」
「押し込んだのにゃんにゃんやん……」
「だってそれはたかみなが……!」
「にゃろ? 身動きとれないの?」
 出てくる気配のない私たちをますます心配するようなまりちゃんの声。
「あ……ちょっとぐったりしてて。もうちょっと待って」
 嘘をつくと嘘を重ねることになるとはこういうことを言うんだなと気付かされた。正直、気持ちのいいものじゃない。嘘につきあわせたたかみなも眉毛がゆうちゃんばりにハの字になってしまっている。
「たかみなごめん……」
「元はといえば私が悪いし、最後まで貫き通すわ……」
 深くため息をついて、覚悟を決めたようにおずおずと私の背中に腕を回してくる。でも抱きつく、というよりは寄り添ってるだけに近くて、私が抱きしめ返してもうまく動けるような状況ではなかった。
「たかみな? もっとぎゅってしてくんないと私――」
 ――運びだせないじゃん。
「ちょ……なんでいきなりっ……」
 そう続くはずだったその言葉は、突然気を失ったたかみなを支えることに必死になって生まれることはなかった。
「にゃろ、どしたー?」
「わかんない。たかみなが急に気を失って……引っ張り出すから支えてもらっていい?」
「気を失うって、それ結構やばいんじゃ……」
 酔っ払って吐きまくっているという情報がインプットされているまりちゃんの言葉には焦りがあって、きっと急性アルコール中毒の可能性だって考えているに違いない。実はそれほど酔ってないし吐いてもいないから、おおごとにされたらどうしようという意味で私自身も焦る。
 本当に嘘はつくもんじゃないなと身を持って痛感した。
「あ……思ったより顔色は悪くないね。よかった……」
 小さいくせに全体重が掛かると引きずるのが精いっぱいで、まりちゃんの手助けがあってなんとか個室の外に出ることが出来た。
「念の為救急外来連れてった方がいいかな……」
「だ、大丈夫だと思う。気を失ったというか、疲れて寝ちゃってるっぽい感じだし」
「確かに血色はいいし……とりあえず気がつくまで座敷に寝かせとこうか」
「うん。私が傍にいるから」
「いや、あたしが看てるからにゃろはご飯食べな。全然食べてないっしょ」
「え? あ……私、今日そんなにお腹空いてないから、大丈夫。たかみなのこと心配だから傍についててあげたいし……」
 さすがはまりちゃん。たかみなのことになると本当に心配性のお母さんみたいになる。
 でも今日ばかりはその役は譲れない。嘘をついてしまった背徳心と嘘をつかせてしまった罪悪感。ただでさえ拭いきれないのに、たかみなの傍を離れたら平静を保っていられる自信がなかった。
「普段はみなみに対してあんなにツンツンしてるのに。ツンデレだねぇにゃろは」
「そ、そういうんじゃないし」
「照れちゃってもう。かわいいなー。あたしもにゃろに看病してほしいわ」
「なに言ってんのー? 弱ってるところ以前に居眠りしてる姿すらほとんど晒さない人が言う台詞じゃないでしょ」
 まりちゃんの精神力は本当にすごい。メンバーの中で一番睡眠時間が短いのに文句も言わないし、余裕でいくつも仕事をこなすし。弱音を吐いているところなんて一度も見たことがない。たまにはそういう部分も見せてくれればいいのにとすら思う。
「お褒めの言葉ありがとう? とりあえずみなみを運ばなきゃだけど――ちょっと待ってて」
 何か思いついたようにトイレを出て行ったかと思うと、それから間もなくしてご機嫌様な才加を連れてきた。
「トイレで寝るとかどんだけだよー」
 笑いながら入ってきてたかみなの頭をぽんぽんと叩く様子は子供に接する父親のようだ。
 才加の言動に首を傾げながらまりちゃんを見ると、そういうことにしといたから、と目が語っている。確かに、変に理由を言うよりはトイレで寝てるといった方が変に心配させなくていいかもしれない。
「お座敷まで運んでもらっていい?」
「力仕事は任せとけー」
 頼もしげに才加は言って、楽々とたかみなを抱え上げる。
「なに? こじぱもしてほしいの?」
 お姫様抱っこに違和感がないぐらい、寝ている時のたかみなは女の子らしくて可愛いなぁなんて思っていると、物欲しそうにしていると勘違いされたのか才加が顔をにやつかせながら私に向かってそう言った。
「な、なにいってんの? ばーか」
「照れんなよー。さすがに優子じゃお姫様抱っこは無理だろ。してほしかったら私がいつでもしてやるぞ?」
 ――また出た、ゆうちゃんの名前。
 やっぱりたかみなだけじゃなくてみんなの目にもゆうちゃんの所有物みたいな感じに見えてるのかもしれない。
「才加とにゃろだったらほんとカップルに見えそうだよね」
 そこへきてまたまりちゃんからの余計なひと言。
「もーそういうのやめてよー。お姫様抱っこも別にしてほしいなんて思ったことないし」
「遠慮すんなよー。別にやましい気持ちとかないし」
「はあ!? あったら困るし!」
「おーおー顔真っ赤にしちゃって。こじぱも可愛いとこあんじゃん」
「それ、遠まわしに普段可愛くないって言ってるようなもんでしょ! ばか!」
「怒んなってー。まぁ怒った顔も」
「可愛いけど?」
 こんなところで必要ないくらいに息を合わせて、二人してクスクスと笑う。
 私、なんでいつも年長組には子供扱いされるんだろう……ムカつきを通り越してなんだか悲しくなってきた。
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