テキスト(連載)

□キミのことが好きだから(完)/にゃんみな
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「もー……強くないくせにジュースみたいに飲むからベロベロになってんじゃん」
 せっかくみんなでご飯にきたのに、座敷の隅っこのほうで一人寝そうになっているのはたかみなだった。
 コーラのお酒がある! なんてテンション高く飲み始めたのはいいものの、料理が出揃う前に茹でだこかってぐらい真っ赤な顔をしてテーブルに突っ伏している。目がとろんとしていて、今すぐにでも夢の世界へ行ってしまいそう。
「まぁまぁ。明日久々のオフって言ってたし好きにさせてやろうよ。キャプテンも色々あって溜まるんだよぉ、まじで」
「それはわかってるんだけどさー」
 そういう才加もたかみなに負けないぐらいのペースで飲んでる気がする。しかも酔ったら絡み酒しそうなタイプ。出来ることならスイッチが入る前に席を移動したい。
「飲み物きたよー。ウーロン茶のひとー」
「あ、私! ふたつ頼んだー」
「二つ? そんなに喉渇いてんの? あー、みなみね」
 まりちゃんは不思議そうに首を傾げて、それからすぐたかみなの様子に気がつき苦笑いを浮かべた。
「ご飯全然食べてなくない? なんか食べさせといた方がいいかも。はい」
「ありがと。さっき頼んだ雑炊食べさせとくよー」
「やっさしー。ゆっぴーが妬くね、間違いなく」
 ウーロン茶をテーブルに置いてくれて、今度はニヤニヤしながら元の席に戻るまりちゃん。さっそくゆうちゃんに報告したようで、今にも飛んできそうなところをまりちゃんが笑い転げながら止めている。
 ほんとに人を焚きつけるのが好きというかなんというか……嫉妬される方の身にもなってほしい。
「ねー才加。たかみなにご飯食べさせるから席変わってもらっていい? あとゆうちゃんがこっちきそうだったらめんどくさいからガードしといて」
「お、意外と世話焼きだなんだなこじぱ。優子は任せとけー全力で阻止してやる」
 酔っぱらったらめんどくさそうな才加もこういう時は頼りになる。傭兵って意味で。
 ゆうちゃんは敵ってわけじゃないけど、たかみなと私が一緒にいたりするとなぜかやたらと絡んでくるから、たかみながこんな状態の時ぐらいはそっとしておいてほしいというのが本音だった。
 好いてくれてるのはすごく嬉しいんだけど。
「たかみなさーん。起きてくださーい。ご飯の時間ですよー」
 才加に席を替わってもらった途端にみんなが盛り上がりはじめて、端っこの空間はいい具合にまったりとしていた。これならゆうちゃんがちょっかいをかけてくる心配もなさそうだ。
「んー……いらにゃーい……」
 完全に落ちかけているたかみなを揺さぶると駄々をこねる子供のようにイヤイヤをしてあっけなくそっぽ向かれた。
「ねー起きてよー」
 普段こんなことされたら絶対ムカついちゃいそうなのに、酔ってるたかみなはいつもの三割増し可愛く見えて自然と頬が緩む。
 いつもみんなを引っ張る立場にいるから余計にそう見えるのかもしれない。
「はやくー。たかみなが寝てたら陽菜ひとりでつまんないじゃん」
「はえ……ひとりぃ?」
 ひとり、という言葉に反応してのろのろと顔を上げる。瞼はもう半分ぐらい閉じていて、気力で起きているような感じがした。
「あー……みんな盛り上がってんなぁ。にゃんにゃんも私のことはええから向こう行きなよー」
「たかみなにご飯食べさせたらねー。何も食べてないと胃に悪いって。おなかに優しいたまご雑炊頼んどいたから」
「ありがとぉ。でもこの体勢きもちいくてあんま動きたくなーい」
「絶対そう言うと思ってた」
 そんなことぐらいお見通しだ。
 雑炊を一口分レンゲにすくって、少しだけ自分の口に運ぶ。
「うん、熱くない。あーんして?」
「……え?」
「ほら、はーやーくー」
「うー……」
 半ば強引に口元へ持って行くとなぜか唸りながら困った顔になって、私を上目遣いで見ながら渋々と一口目を食べる。
「なに? どうしたの?」
 不思議に思って尋ねると声も出さずに首だけを振ってのなんでもない。そんな風にされたら余計に気になるっていうのに。
「たかみにゃー。隠し事いくない」
「や、やめろよう」
 みぃちゃんの真似をしながらほっぺたを指の腹でつつくと、くすぐったそうに身をよじりながらおぼつかない動きで私の指を掴もうと何度も宙を切る。
 どうみても完全な酔っ払いだ。
「しっかりしろー。陽菜の手はここだよー」
「おおお。にゃんにゃんつめたーい」
「たかみながあつーい。ねぇ、なんで食べる時ためらったの?」
「……だって……間接キス……やなって、思って……?」
「かっ……」
 唐突に何を言い出すのかと思いきや、間接キス。確かに味見はしたけど、そんなこと普通口に出して言う?
 ――って言わせたの私じゃん。
「にゃんにゃん顔赤いよぉ?」
「るっさいなぁ。たかみなが変なこと言うからでしょ!」
「言わせたくせに」
 さっきまでうろたえてたのに一瞬で男の子みたいな強い瞳になって、蛇に睨まれた蛙みたいに動けない私。
 公演や全体でのライブの時に見せるのと同じまなざしだ。
「にゃんにゃーん?」
「あー! どさくさにまぎれてなに手ぇ繋いでんだよー!」
 突然頭上から降ってきたテンションの高い声。金縛りが解けたように弾かれて顔を上げた瞬間、馴染みのある温もりに抱き締められて握っていたたかみなの手を離さざるを得なくなった。
「ちょ、ゆうちゃんっ」
「にゃんにゃーん。こっちで一緒に飲もうよー」
 普段でさえハイテンションだというのにお酒が入ってハイテンションデラックス。いきなりやってきたゆうちゃんにたかみなもぽかんと口を開けて、寝起きの腑抜けた感じに戻ってしまっていた。
「待って、才加はっ?」
「才加ぁ? 向こうで楽しそうに飲んでるよ?」
 言われてそっちを見るとジョッキを掲げて陽気に喋っている才加の姿が目に入った。
 阻止してやるなんてかっこいいこと言っといて楽々突破されてるってどういうことなの?
 酔っ払いを信用した私がバカだった。
「たかみなぁ。酔っ払ったフリしてにゃんにゃんになにしようとしてたんだよー」
「な、なんもしてへんって……ご飯食べさせてもらってただけやもん。っつかフリじゃねーし。酔ってねーわ」
「酔ってないのにご飯食べさせてもらってただとー!」
「あーもう、いちいちヤキモチやくなって」
 ――そんなに心配なら放し飼いすんなっつの。
 むっとした顔を浮かべながら、耳を澄まさなければ聞こえない程のトーンで今確かにそう呟いた気がする。
 愚痴をこぼしたことにもびっくりしたし、たかみなからみた私の印象がそういう風に見えてるんだと思ったらちょっとショックだった。
 もしかしたらたかみなだけじゃなくて他のメンバーにもそういう風に見えてるのかもしれないけど……
「邪魔してごめんなー」
 すぐに表情を戻したから私しか気付いていないかもしれない。それからすぐにゆうちゃんの頭をポンポンと叩いて、たかみなはのろのろと立ち上がった。
「どこいくの?」
「トーイレ。体勢変えたら気持ち悪くなっちった」
 誰が見ても無理矢理作ってるような笑顔。足取りも危うくて支えがなければ歩けない程にふらふらだ。
「そんな状態じゃ危ないからついて」
「いい、いい。目の前やから一人で行ける。ありがとね」
 ゆうちゃんを解いて立ち上がろうとしたところを手の動きで制される。
「酔ってないとかいってふらふらしてんじゃん。ついてってやるよー」
「大丈夫やってー。気持ちだけもらっとくわ」
 さすがのゆうちゃんもたかみなの状態を見て危ないと思ったのか、自分から離れて立ちあがった。
 それでもこないでいいの一点張り。私とゆうちゃんは目を合わせて困ってしまった。
 たかみなはこうと決めたら誰が何と言おうと意見を貫き通す頑固なところがある。
 そういう時は本当に聞く耳持たない感じになってしまうから、押し切ってついて行ったとしても機嫌を損ねてしまうだけだと思って出しゃばるのはやめた。
「たかみな、そんな飲んでた?」
 千鳥足で座敷を抜けるたかみなの背中を見送りながらゆうちゃんが呟く。
「三杯ぐらいだと思う。でもコークハイってウイスキーのコーラ割だよね?何も食べてない状態で飲んだら結構回りそうな気はする」
「二十歳になったら飲みたくなるって気持ちはわかるんだけどさー。ペース配分は考えないと」
「うん……でも、飲んでるの知ってて止めなかった私も悪いし。大丈夫かな……」
 ドリンクが並び始めたすぐの時は隣のはーちゃんと喋っていたからたかみなの行動をすべて見ていたわけではないけど、普通のコーラ並にごくごく飲んでいることには気付いていた。これまで一緒に飲むことなんてなかったから、意外とお酒に強い体質なんだろうなと放っていたのが間違いだ。弱くはないんだろうけど、今日はお昼から何も食べてないとか言ってたし、それが手伝って酔いが回るのが早かったんだと思う。体勢がだらだらしはじめた時に止めておくべきだった。
「まぁ、戻ってこないようだったら見に行けばいんじゃん? たかみなだし大丈夫だって」
「そう、だね……」
 同意しつつも内心はやっぱり心配だった。
 二十歳になったばかりでアルコールに耐性なんてついてないだろうから、たかみなだから大丈夫なんて根拠はどこにもない。もちろん、それは飲み慣れている人にとっても言えることだと思うし、万が一のことを考えるとやっぱり落ち着かない。
「ゆうこー揚げだし豆腐きたぞー」
「まじー! 食べる食べる!」
 才加に言われて、跳ねるように元の席へと戻っていく。あの様子じゃたかみなのことなんて揚げ出し豆腐によって上書きされてしまってそうだ。
「こじぱもこっちこいよー。料理冷めちゃうぞ」
「うんー。トイレ行ったらすぐ行くねー」
 ゆうちゃんが揚げ出し豆腐に夢中になっているのを見計らって、やっぱり心配だからたかみなの後を追い掛けることにした。
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