テキスト(連載)

□キミのことが好きだから(完)/にゃんみな
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 そろそろまずい気がする、と思ったのは周囲から向けられる視線の数が増えてきた時だ。
 いつも通り、いや、いつも以上にベタベタしてくるゆうちゃんと、それに便乗してやたらと茶化してくるまりちゃん。
「もー、やーめーてーよー」
 わざと節の付けた言い方をしても、
「いやよいやよも?」
「好きのうち?」
 ムカつくぐらいに息をぴったり合わせて、やめるどころかむしろエスカレートしているような気さえする。さっきからずっとこんな調子で、一向に離れてくれる気配すらない。
 その二人の間からちらちらと見え隠れするたかみなは、一瞬こっちを見たと思ったら怪訝そうに眉を顰めてすぐにそっぽ向いてしまった。スタッフに呼ばれたのか、楽屋から慌ただしく出て行く後ろ姿が目に入る。
 ああ、もう絶対怒ってるじゃん……
 普段温厚なたかみなも、ゆうちゃんが絡んでくると途端に機嫌が悪くなる。
 ここ最近必要以上にべたべたしてくるし、隙あらばちゅーしようとするし。私が気をつけていてもいつも突発的だから、不意を突かれて結局逃げられなくなる。強く押し返すことも出来なくて、なし崩し的にされるがまま。
 そういう場面をたかみなに見られるのは今日だけでもう三度目だった。
 怒るのも、仕方ないと思う。だって、たかみながあっちゃんと同じようなことしてたら陽菜だって嫌だもん。
「ごめん、たかみなに話さなきゃいけないことあったの思い出しちゃった。ちょっと行ってくるね」
「えー。今じゃなきゃだめなの?」
 行かないでと訴えかけるような瞳は本当にずるい。縋るように腕を絡まれたら雰囲気に押し負けてしまいそうになる。
「ユニットの話だからさー」
 流されてはだめだと自分に言い聞かせて、腕をそっと解く。離れる間際に拗ねるような、寂しがるような、そんな表情をされて胸が少しだけ痛んだ。
 ――そもそも、ゆうちゃんに対してこういう気持ちを抱くこと自体がおかしいのに。
「陽菜、たかみなのとこいくの?」
 楽屋の入り口付近で声を掛けてきたのはみぃちゃんだ。一部始終を見ていたかのような、さえない表情。たとえ楽屋で控えている人数が多くても、あれだけ騒いでいたら必然的に視界に入ってしまうのだろう。私たちの事情を唯一知ってるみぃちゃんだからこその表情だった。
「うん、そう。……怒ってた?」
「んー……怒ってるというよりは泣きそうになってた。涙目だったし、堪えるようにずっと顔顰めてたし。自分の見える範囲であんなことされたら誰だってそういう気持ちになりそうだよね。陽菜も抵抗しないから、傍から見てると楽しくじゃれてるようにしか見えなかったもん」
 淡々と喋るみぃちゃんの言葉に胸がちくちくと痛む。
 言っていることが正論すぎて何も反論出来なかった。極端に言えば二股を掛けているのと同じことだから。
「あー、ごめん。別に陽菜をへこませたいから言ったわけじゃなくて」
「ううん、いいの。全部当たってるもん。はっきり出来ない私が悪いから」
 私とたかみなが付き合っていることはメンバーの中じゃみぃちゃんしか知らない。だから、ゆうちゃんが今まで通りスキンシップを取ってきても拒絶することが出来ない。本当なら突っぱねたりあしらったりしなきゃいけないのに、態度に出したら勘ぐられてしまうんじゃないかと思うと受け流すのが精一杯だった。
 他のメンバーから見ればただ仲が良いという風にしか見えなくても、たかみなの瞳には仲良しの範疇を超えて映っていると思う。私とゆうちゃんが触れ合ってるだけでいつも悲しそうな表情をしているから。
「いっそカミングアウトした方がいいんじゃないかなぁ? その方が二人の精神的にも楽になると思うよ?」
「たかみなが……グループの士気が下がると困るから絶対ダメだって……」
 仲の良いメンバーに打ち明けるべきかの話をした時、頑なに黙っていようと言いだしたのはたかみなだ。メリットはない、デメリットだけだから絶対公言しないでと釘を刺されている。
「さすがリーダーというか自己犠牲が激しいというか。自分で自分の首締めちゃってんじゃんね。陽菜だって気ぃ遣うでしょ」
「うん……でも、私のためにそういう風に言ってるのもあると思うから」
「あー、なるほどね……」
 それだけで察したようにみぃちゃんの視線はゆうちゃんがいるらしき方向へと向けられた。
「士気がだだ下がりするか、あるいは略奪に燃えるか。優子みたいなタイプって圧倒的に後者だろうから、気を抜いてたらめっちゃ迫られそうな気がする」
「や、やめてよー。これ以上迫られたら……」
「優子になびいちゃう?」
「――やっぱりそうなん?」
 冗談ぽくみぃちゃんが言った矢先に入口の扉が開いて、浮かない顔をしたたかみなが遠慮がちに中へ入ってきた。
 最悪だ。周りに聞こえないように声のトーンを落としていたのに、まさか本人に聞かれるなんて。
「ち、ちがうって、今のはたとえ話だから。冗談だよ? 変なこと言ってごめん」
「にゃんにゃん、ちょっといい?」
 まるでみぃちゃんの言葉など届いていないかのようにたかみなは言って、私の返事を待たずにまた楽屋を出て行く。
「陽菜、ごめん……絶対真に受けてると思う」
「ううん。みぃちゃんが言ったことはあながち間違ってはないし……とりあえず弁解してみるね」
「ほんとごめん……」
「いいってー。気にすることないよ」
 みぃちゃんは申し訳なさそうに眉尻を下げたけど、元を正せば優柔不断な態度を取っている私が原因。可能性の話をしただけのみぃちゃんに一切非はない。
 とりあえず今日の出来事とさっきの話についてまずはきちんと謝罪しよう。
 たかみななら、話せばきっとわかってくれると思う。

 ――そんな甘い考えでいた自分を呪いたくなったのは、たかみなが顔も合わせずに「ただのメンバー同士に戻ろう」と言った瞬間だった。
 使用されていない楽屋に二人きり。扉を隔てていて人の気配はまったくなく、しんと静まり返る中での突然の宣告に心臓が跳ねてしばらく言葉が出なかった。
「なんで……急に、そんなこと言うの?」
 思いもよらない言葉過ぎて、声が震えているのは自分でもよくわかる。
「やっぱり怒っ――」
「怒ってないから」
 私の言葉を遮りながらたかみなは振り返った。
 冷静に怒ってないなんて言いながらもその表情は険しく、明らかに苛立った様子だった。拳をきつく握り締めて、怒りを抑えているような気さえする。
「うそ」
「嘘じゃない」
「なんで? めっちゃ怒ってるじゃん! 怒ってないとか、うそ言わないでよ。何を言われても私が悪いんだもん。なのに、うそつかせたりそんな顔させるなんて、私ほんとにさいて――」
「――ちょっと黙って」
 唇が合わさったのはほんの一瞬。黙って、なんて強く言いながらも、照れてぎこちなさそうにしているたかみなを見るとこっちまで恥ずかしくなってきた。
「……今まで、一回もしてくれたことないのに。なんで、こんな……」
 別れのキスみたいなことするの――
 続くはずだった言葉は涙に呑まれて紡ぐことが出来なかった。堪えようとすればするほど奥からどんどん溢れてきて、変に我慢しようとしているせいで息を吸ったら嗚咽になる。
 泣くことがこんなにも疲れるなんて思いもしなかった。いつも全力で泣くたかみなは一体どれだけの体力を使っているんだろう。感情的に流れる涙はどうやって止めればいいのかもわからない。
「だって、こうでもせんと自分が悪いみたいなことばっか言うやろ……」
「悪い、もん。私がどっちつかずでいるから、だから、たかみな」
「……そだね。でもそんなの始まる前からわかってたことやん? だから悪いとか、そういうんじゃないから。むしろ、なんで優子を選ばなかったんやろうって今でも思ってる」
 滲む視界でもたかみなが悲しそうな顔をしていることぐらいはわかる。まるでこうなることを予想していたんじゃないかっていうぐらいに。
「選ぶ、とか……告白されたわけでもないのに、するわけ……」
「告白されてたら選んでたっしょ」
「そんなの、わかんない……」
 どうしてたかみながそんなことを言うのかもわからなかった。言い方が断定的すぎて、遠まわしに私の気持ちをゆうちゃんに向けようとしているようにしか思えない。
「わからないってことは可能性はあったってことだよね。ただ、タイミング的に私の方が優子よりも早かった。それが逆だった場合、にゃんにゃんが選んだのは間違いなく優子だよ」
「なんで、そんな……私のこと好きって言ってくれたのたかみなじゃん。なんでいまさらそんなこと言うの? 好きだったってうそなの……?」
 告白された当時のことがふと頭を過ぎる。
 仕事明けにみんなでご飯に行くことになって、大人組ばかりだったから珍しくみんなお酒を飲んでいて。二十歳になったばかりのたかみなも、居酒屋に来るのは初めてなんて言って嬉しそうにお酒を飲んでいたあの時のことが。
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