テキスト(連載)

□You&Me/あつゆう
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 何とか着替えを済ませた私たち四人はテレビ局の食堂へと滑り込んだ。
 みぃちゃんの読み通り利用者は一目で数えられる程。ここぞとばかりに隅っこのテーブルを選んで、とりあえず飲み物だけを注文した。
「あそこのトイレさーやばいよね。絶対なんかいると思う」
 オーダーが揃ったところで話を切り出したのは正面に座るみぃちゃんだ。
「みぃちゃんもそう思う? わたしもさーなんかいるなとは感じてたんだよね」
 アイスティーを一口含みながら共感するようにその隣の優子が頷く。霊感が強いらしい彼女の言う何かはきっとそういう類のものなのだろう。あの場所にこの世の者ではない何かが居たかと思うと想像するだけで鳥肌が立った。
「それって霊的な何か……?」
 おそるおそるみなみが訊ねる。
 そういえばみなみも前に劇場で幽霊を見たなんて言ってたっけ。あまり詳しくは聞いてないけど、メンバーの中じゃ見える方の部類に入る気がする。
「そう。多分さー、うちらと同じ状況で入れ替わったと思うんだよね、あっちゃんと優子」
「同じ状況って?」
 聞きながら状況を思い返す。
 確か入口の扉を開いた瞬間に優子が飛び込んできて、雪崩れ込むように後ろから廊下に倒れた。次に気がついた時には優子になっていて、その間の記憶はまったくない。
「なんていうのかな、あれだよね」
「そうそう、あれだ」
『何かにつまづいた』
 二人の声が綺麗にハモる。
「やっぱり!? 段差もなんもないのに見えないなんかに引っ掛かったんだよ」
「そうそう! なんて表現したらいいんだろう……まるで人がうずくまってるような感じの大きさで。それに引っ掛かってたかみなの背中にダイブしちゃったんだよね。そのまま倒れ込んで、次に意識が戻ったらたかみなになってた」
 交互に語る二人の内容は完全に一致していた。
 トイレの入り口付近での出来事。覆い被さって倒れてからの肉体の入れ替わり。
 自分が第三者であればどうせドッキリなんて流していただろうけど、入れ替わってしまった当事者となれば現実と思うより他ない。
「ま、まじ? っつかみぃちゃん、そんなこと一言も言わんかったやん」
 青ざめた顔でみなみが言う。いくら元に戻ったとはいえ、霊的現象だったなんて思うと気分はあまりよろしくないのだろう。
「気のせいかなって思ってたし、たかみなにそういう話したら怖がんじゃん。同じ体験した人がいなかったらお墓まで持ってくつもりだったし」
「うん……今も怖い……」
 もう既に泣きそうな顔で私の腕にしがみついて小さくなる。
 中身が私だとわかっていての行動なのか、ただ隣にいるからなのか。オフの時に優子に対してどんな態度で接しているのかはわからないけれど、もし前者だとすればちょっと、いや、かなり嬉しい。
「現象が現象だけに気持ちわりーなー」
 入れ替わり生活をしてみようなんて楽しげに言っていた優子も、霊象かもしれないとわかると半笑いで顔を引きつらせている。
「まぁでも、元に戻れた二人がいるんだから大丈夫だとは思うけどね」
 二人が入れ替わったままだとさすがに身の危険を感じてしまうけど、元に戻った事例を目の当たりにすると気持ち的に少しは落ち着けた。
 正直なところ相手が優子で良かったと思う。冷静沈着な彼女だからこそ私自身も落ちつかせられるわけであって、もしこれがみなみやともちんだった場合、一緒になってテンパることは目に見えている。
「さすがあっちゃん。五年前とは比べ物にならないぐらい心臓に毛が生えたよね」
「ねぇみぃちゃん。それ、褒めてる?」
 なんだか可笑しくなって、入れ替わってから初めて笑った。
 笑える余裕はある。この余裕がある内に何とか元の身体に戻れればいいけれど。
「そんで、二人はどやって元に戻ったの?」
 優子が時計を気にしながら本題を切り出す。あと四十分弱で閉店の時間だ。
「んー。確証ではないんだけど」
 みぃちゃんが言葉を切り出すと同時に、みなみが微かに身体を震わせた気がした。横目で顔色を窺うとなぜか伏せ目がちで、どことなく顔も赤い。
「ちゅーしたら戻ったよ」
「は?」
「へ?」
「……」
 あっけらかんと言い放つみぃちゃんに対するそれぞれの反応。私たちはぽかんと口を開け、みなみだけが沈黙。心なしかさっき以上に顔が赤い気がする。
「またまたぁ。そんな眠り姫じゃあるまいし」
 がっかりしたように優子がテーブルにうつ伏せになった。
「だからさっきも言ったじゃん、確証はないって。でもその日変な夢見てさー」
「変な夢ってどんな?」
「仙人みたいなおじいちゃんが出てきて、汝の支えとなった相手の愛する者に口づけせよ、みたいなこといって幽霊みたいに消えちゃう夢」
「……なにそれちょーウケるんだけど。支えって下敷きになった方ってこと?」
「多分ね。だってあっちゃんにちゅーしたら元に戻ったもん」
 あっちゃんにちゅーしたら、なんて言うから先週の記憶を二倍速の巻き戻しで手繰り寄せた。でも、一切覚えがない。
「いつみぃちゃんとちゅーしたっけ? 全然記憶にないんだけど」
「ちゅーしたのは私だけど、身体はたかみなだったから実際したのはたかみなかな」
「あ、そっか。……ってたかみなと!? ないない、絶対ないって!」
 いくら入れ替わっていたことを知らなかったとはいえ、相手がみなみなら覚えていないわけがない。
 そういう意味で言った言葉も、掴まれていた腕がするりと解かれた瞬間に勘違いさせてしまったことに気がついた。
「うわぁ、そんなストレートに言われたらわたしなら傷つくかも……」
「ち、ちがうって、無理とかそういう意味じゃなくて、あー、なんて言えばいいの!? えーっと、そう! ちゅーした記憶がないの! そういう意味のないだから!」
 優子の言葉にぎくりとしてみなみを見ると目尻に薄っすらと涙を浮かべていて、それが視界に入った瞬間にずきずきと胸が痛んだ。みなみのこういう悲しい顔は出来ることなら見たくないのに。
「必死に言い訳すると逆に……」
 苦笑いを浮かべながらみぃちゃんが呟く。それに便乗するように優子も小さく頷いて、完全に四面楚歌状態になった。
「ほ、ほんとだって! 好き、だから……たかみなのこと。愛してる」
 ――ああ、まさかこんな形で告白するハメになるなんて。
 しかも二人の前で。みなみの手を取って、一昔前のドラマみたいにベタな告白。
 愛してるなんていうキャラじゃないのに口に出たのは優子の身体を借りているから?
 なんとなく、今なら恥ずかしい台詞でも言えてしまえる気がする。
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