テキスト(連載)

□You&Me/あつゆう
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「この階の一番端のトイレだよね」
「えっ」
 見透かしたような麻里子の台詞に今度は私も驚いた。
「先週さー、入れ替わった瞬間に立ち会っちゃったんだよね」
「まじ? 誰と誰?」
 優子が興味津々に麻里子へと駆け寄る。
「Wみなみ」
「うそ! 先週っていつ頃? 私、たかみなと実家でご飯食べたんだけど」
「確か先週の今日かなー。丸二日入れ替わってたみたいよ?」
「もろ被りじゃん……」
 先週の今日、ということは麻里子の言うことが事実であればあの場にいたのはやっぱりみぃちゃんで間違いない。
 確かによく思い返してみると普段以上にスキンシップ過多だったような気もする。こちらから仕掛けない限りくっついてくることなんてほとんどないのに、あの日は珍しく積極的だなと思うぐらいに腕を組んだり抱きついてきたり。
 あれがみぃちゃんだったとすれば全ての行動に納得がいく。
「そういえば先週の収録ん時、あのみぃちゃんがスベってたもんなぁ。あれ中身たかみなだったのか」
「スベりすぎて心配するメンバーもいたしね」
 麻里子も思い出したように笑いを堪えている。
「でもさ、どうやって入れ替わってどうやって戻ったの?」
 もし麻里子が一部始終の目撃者であれば、今すぐにでも元に戻れるかもしれないという希望が見えた。他人として過ごすことも多少の興味はあるけれど、戻る術がわかるならそれに越したことはない。
「トイレでぶつかって、その衝撃で入れ替わったっぽかったけど。どうやって戻ったかは本人たちに聞くのが一番早いんじゃない?」
 麻里子の視線を追うと二人がちょうど楽屋に入ってくるところだった。それに続いてトイレから戻ったらしい陽菜が顔を覗かせる。
「あたしこれからにゃろとご飯食べに行くからさ、その間にWみなみと話し合ってみたらどう? にゃろには黙っとくし」
「そうだね。そうしてみる」
「にゃんにゃんとご飯行くんだ……まぁでも情報提供ありがとー麻里ちゃん。私も二人にご飯でもいこーって誘ってくる」
 意気揚々とスキップして行く姿はどう見ても優子そのもので、すれ違った陽菜が不思議そうに小首を傾げている。
 そりゃあそうだ。普段常に眠そうにしている私が楽屋内で元気良くスキップしていたら誰だって疑問符を浮かべるだろう。
「ねーねー。あっちゃんいいことでもあったの? この時間にテンション高いの超久々に見た」
 案の定視線を優子に向けたまま陽菜は呟く。
「まぁまぁたまにはあるんじゃん。それより二人今からご飯行くんでしょ? 明日のことはまたあとでメールしたらいいかな?」
 よほど気になるのか、Wみなみと話す優子を陽菜はじっと見つめていた。
 実は薄々気付いているんじゃないかとすら思う。鈍いくせに、その実、妙なところで勘に鋭いのが小嶋陽菜という人である。
「うん。陽菜から連絡するねー。てかゆうちゃんも一緒にいかない?」
「や、私は……」
「ゆっぴーは敦子と話があるんだって。だからまた今度みんなでご飯行こうよ」
「そうなんだー。じゃあ仕方ないね」
 まさか誘われるとは思ってもみず、返答に困っていたところへの麻里子のフォロー。
 意思は前田敦子であっても身体が大島優子だと突発的な話題にすごく対応しづらい。うっかり発言をしないようにと心掛けていることが逆に引っ掛かっているような気さえする。
「ごめん、陽菜。その分明日埋め合わせするから」
「えっ」
「え?」
 私の言葉に驚いたような戸惑ったような表情になる。
「あ……ううん、名前。急に呼ばれたからびっくりしちゃった……」
「そ、そういえば。なんか、恥ずかしいね……」
 ――迂闊だった。
 普段から名前で呼んだりニックネームで呼んだりしていたから自分は気にならなかったけど、優子に呼ばれている彼女としては気恥ずかしいに決まっている。
 よくよく考えれば、もしこれから他のメンバーに出くわした場合、優子として振る舞っているのだから普段優子が使っている呼び方で接しなければいけなかった。日頃から話すメンバーならともかく、優子が後輩組や研究生とどこまで交流があるかわからないから、顔と名前が一致するメンバー以外との会話は極力避けて通りたい。
「ちょいちょい。あたしの前で付き合いたてのカップルみたいな会話すんのやめてくれる?」
「もー、やめてよ麻里ちゃん。そんなんじゃないし」
 私たちのやりとりを見て茶化す麻里子に、陽菜はなぜか唇を突き出して小さくご立腹。普通なら笑ってやり過ごすレベルなのに、真面目に受け止めている彼女を見ると何だか少し引っ掛かった。
「ごめんごめん、ちょっとからかっただけじゃん。さて、じゃあ行こっか」
 おもむろに荷物を持って、拗ねている陽菜を促すように頭をぽんぽんと頭を叩く。
 どちらかといえばその仕草の方が恋人同士のような感じがした。もちろん口に出したら優子の発言として陽菜に捉えられてしまうから愛想笑いを浮かべることしか出来ないんだけれど。
「ゆうちゃん。またあとで連絡するね?」
「オッケー。ご飯楽しんできて」
 去り際に手を振るからつられて振り返す。
 常日頃から物腰が柔らかくて可愛い人だけれど、優子の前だと拍車が掛かったようにおさな可愛く見えるのは優子の身体を借りているから思うことなんだろうか。それとも前田敦子として接している時にはあまり見られない光景だからそういう風に見えてしまうものなのか。

「――んだよ、付き合いわりーなぁ。ちょっとぐらいいいだろ? 相談があるっつってんだからさー」

 楽屋を出て行く二人の背中を見送っていると、端の方から柄の悪い声が上がって自然と目が向いた。
 視界に映ったのは眉間に皺を寄せて不機嫌モード全開の私だ。対峙するみなみとみぃちゃんはぽかんと開いた口が塞がらない様子。あの顔を見ると、まだ私たちが入れ替わっていることを打ち明けていないのは一目瞭然だった。楽屋に残っている他のメンバーも唖然としながら三人を凝視してしまっている。
「ちょっと、あっちゃん!」
 自分のことをあっちゃんと呼ぶのはいささか抵抗があったけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。暴走気味の彼女を止めないと後々面倒くさいことになりそうだと思った。
「なに、喧嘩? やめなよこんなところで」
 慌てて駆け寄って三人の間に割って入る。
「たかみながさぁ。話したいことがあるからご飯行こうっつってんのに今日はやめとくわーとか言うから」
「そうなの? たかみな、具合悪い?」
「や、体調不良ではないけど……ここんとこ外食ばっかやから少し控えようかなって思っただけで……」
 さっきの勢いに押し負けたのか、みなみは完全にビビり腰だった。みぃちゃんも、そのたかみなの背後で隠れるようにこちらの様子を窺っている。
「二人ともビビってんじゃん……なんでいきなり機嫌悪くなってんの?」
 数分前までスキップするぐらいルンルン気分だったくせに、ちょっと見てない内にこの落差。何かあったと言わんばかりの苛立ち具合には疑問符しか浮かんでこない。
「だって麻里ちゃんが」
「麻里子? 麻里子がどうしたの?」
 思いもよらない名前が挙がって疑問がまた一つ増える。
「人が見てないと思ってにゃんにゃんの頭撫でてたんだもん……」
「は? そんなことぐらいで二人に八つ当たりしたの?」
「ごめん……」
「私じゃなくて二人に謝るとこでしょ」
「……八つ当たりしてすみませんでした」
 反省はしているらしく、しおらしくなりながらも二人にきっちりと頭を下げるところは優子らしい。ただ、ビジュアル的には私が謝っているように見えてしまうところが腑に落ちないけれど。
 でも、たったあれだけのことでヤキモチを妬いて他人に当たるなんて、優子がそこまで嫉妬深い人だとは思ってもみなかった。おおからな性格だし、よほど理不尽なことがない限り不機嫌さを前面に押し出すこともないのに。
 ましてやその感情を他人にぶつけるなんて、普段の優子からは考えられない。
 公演の時、チームKにはよくある光景なんだろうか。
「優子ってさー、ほんと陽菜のこと好きだよね」
「うん、好き。大好き」
「え?」
 みなみの背中に隠れたままのみぃちゃんが明らかに前田敦子を見ながら言って、その反応を見たみなみが私と優子を交互に確認しながら引きつり笑いを浮かべる。
「――やっぱりねー。そうじゃないかと思ったんだ」
 その口ぶりからして私と優子が入れ替わっていることに気付いたのだろう。さすがはみぃちゃん。頭の回転が速いだけある。
「え、え……なに、どゆことなん?」
 一方のみなみはまったく話についてこれない感じで、傍から見たらただの挙動不審者だ。
 仕事スイッチの切れた時にだけ見れる、こういう困った顔はすごく可愛いから好きだけど。
「さっき麻里子から二人の話聞いて。解決方法とか教えてもらおうかなって思ったんだけど」
「確かにこの話はここじゃ出来ないよね。んー、でも私も晩御飯は用意されちゃってるからなぁ……あ、食堂は? この時間だったらそんなに人いないと思うし」
「食堂って何時までだっけ?」
「22時で21時ラストオーダーやろ?」
「いま何時?」
 みぃちゃん、私、みなみ、優子の流れるような会話の後、全員がきょろきょろと楽屋を見渡す。四人もいて誰一人として腕時計をつけていないのかとも思ったが、よく見れば全員まだ制服のまま。時計などつけているわけがなかった。
「20時45分、ってことはあと15分しかないやん」
「……着替えるか。ダッシュ!」
 優子の合図で各自がそれぞれの定位置へ。
 時間の迫る緊張感。なんだかライブの時の衣装替えと同じ匂いを感じた。
「ちょ、ちょ、あっちゃんの服どれっ?」
「あ、それ。優子は?」
「デニムのショーパンの、あーそれそれ。お互いラフな格好で救われたねー。ってかあっちゃんほっそ。ほとんど筋肉なんじゃね?」
「バ、カ……! 手付きがやらしいってば!」
 あっという間に制服を脱いだかと思いきや、腰や太腿を撫でるように触り始める。自分の身体なのに客観的な視線で見るとその様子が妙に艶めかしくて、思わず着替えの手を休めて優子を制止しに掛かってしまった。
「なんでー!? 普通に触ってるだけなのに!」
「自分で触るような触り方じゃないじゃん。ってか遊んでないで早く服着てよ」
「いいカラダしてんなーって思っただけなのにさー」
「真顔で言わないでよ! あーやだ、早く戻りたい」
「どういう意味!?」
「もぉ、その姿で縋ってくんのやめてよ!」
 身体を寄せてくる優子をあしらうように押し返したところを、楽屋を出て行こうとしている後輩メンバーが訝しむようにこちらの様子を窺っている姿が視界に映った。
 彼女たちからしてみれば優子に迫る前田敦子にしか見えないのだろう。あの前田さんが、みたいな噂をひっそりと流されて、近くなかった距離がさらに遠くなって。
 ――ああ、もう。こういうのが本当に面倒くさい。
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