テキスト(連載)

□You&Me/あつゆう
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 メンバーのいる楽屋に戻ると既に半分以上の姿がなく、陽菜ものんびりと帰り支度を整えているところだった。
「あー、ゆうちゃん。どこ行ってたの?」
「トイレ行ったらあっちゃんとばったり会っちゃってさー、ちょっと立ち話しちゃってた」
 立ち話、というよりかは作戦会議に近かったけど。
「そうなんだー。何の話?」
「え、と……」
「にゃんにゃんたち明日お化け屋敷行くんでしょ? 夏だし本物出そうで怖いよねって話してた」
「えー! 本物とかやだぁ」
 そこ突っ込んでくるんだ、何て返そう、なんて考えていたところへのグッドタイミングな助け舟。予定変更のことしか頭になかったから、他人に興味のなさそうな陽菜の発言に思わず言葉を詰まらせてしまった。
 のっけからこんな状態で一日一緒に過ごすだなんて、自分に出来るのか心配になる。
「だよねー。それでさ、提案なんだけど。明日他のことして過ごさない?」
「他のこと? 例えば?」
「んー。うちへ来てDVDを見る……とか?」
「引きこもり系女子じゃんー。でもゆっくり出来そうでいいかも。何観よっかー」
 勢いでうちでDVD観ようなんて言ったものの、勝手を知らない他人の家で過ごすということはものすごく自分の首を締めるんじゃないかと今更ながらに思う。なぜそんなことを口走ったのかはわからないけど、ただ一つわかるのは想像以上に今の状況に焦りを感じていて冷静な判断が下せそうにないということだけ。
「何がいいかな。あっちゃん、何かお勧めの映画とかない?」
 尋ねるフリをしてさり気なく優子へ視線を向けると、不安色いっぱいの笑顔で私たちのやりとりを見守っていた。目があって、その選択肢で大丈夫? と、言葉なく訴えられているような気さえする。
「伝染歌は? ホラーだけど、展開わかってるから怖くないじゃん」
 頭の上から声がする、と見上げた先にいたのは麻里子だ。普段七センチぐらいしか身長差がないから別段高いと思ったこともなかったけど、優子の目線からだとものすごく高い位置に顔がある。立った状態で彼女と会話を続けていると首が疲れてしまいそうだ。
「伝染歌とか懐かしー。四年ぐらい前だよね。あれならそんなに怖くないかもー」
「むしろ逆にあれ以外のホラーとか絶対見れない気がするんだけど。二人とも無言になってそう」
 硬直する画を想像して麻里子はクスクスと笑う。そういう彼女がメンバーの中で一番の怖がりだということは知っていたけど、今余計な発言をすると何を言ってもボロが出そうだから愛想笑いで口を噤んだ。
「怖い物見たさってのもあるけど、寄ってきたら嫌だしホラーはそれぐらいにしとこう? あとは適当にうちでのんびりしたらいいじゃん」
 正直なところ伝染歌レベルでもつらい。物語後半部分の旅館で雑魚寝するシーンなんて、怖すぎて未だに直視出来ないからトイレにでも行くフリをしてやり過ごそうかなとさえ思うぐらいだ。
「ホラーで涼しくなろうぜーって言い出したのゆうちゃんなのにどうしたの? 元気ないけど体調悪い?」
「確かに。元気っぽさがないというか落ち着いてるというか」
 ――二人して鋭い。まさかこれだけの挙動で普段通りじゃないってわかってしまうのだろうか。
「敦子から見たらどう? 優子らしくないよねぇ」
「へっ!?」
 突然話を振られて油断していたのだろう。私では絶対に上げないような声を出してのオーバーリアクションに、もの凄く嫌な予感がした。
「あ、う、うん元気ない気はするかなー。どうしたの優子、夏バテでもした? もりもりご飯食べないからだぞう」
 語尾に星マークがつきそうなぐらいのぶりっこっぷり。陽菜も麻里子もぽかんとして開いた口が塞がる様子がまったく見えない。
「……なんか、ゆうちゃんとあっちゃん入れ替わったみたい。変な感じー」
「まさかぁ! そんなことあるわけないじゃんー!」
 今更ながら優子ぶってみたけど、二人の表情は訝しいまま。滅多にかかない脂汗が額に浮かぶ。
 何とかなるだろうと思っていた割に、いざ始まってみればとんだ大根役者だった私たちは、お互い空笑いするしか出来なかった。
 万事休す。いっそバラした方が後々の進行が楽になるかもしれないとすら思った。
「もー。にゃろは発想が子供すぎ。あるわけないじゃんそんなこと」
 そんな矢先、陽菜の言葉を一蹴するように麻里子が失笑する。
 意外だった。さっきの流れからだと、陽菜の意見に同意していそうだったのに。
「えー? だってそんな感じしないー?」
「ないない。ってかさ、トイレ行くって言ってなかった? 早く行っといで。もうじき出るよ」
「あ、そうだった。行ってくるから待っててー」
 促されて、パタパタと楽屋を出て行く。どことなくあしらわれていたような感じもしたけど気のせいだろうか。
 陽菜の足音が遠ざかり、あたりはなぜか気味が悪いぐらいに静まり返った。
 三人になった途端に空気はガラリと変わり、誰かが話を切り出すタイミングをそれぞれが窺っているようにさえ見える。
「……単刀直入に聞くけど。何が原因で入れ替わってんの?」
 極めて冷静で、淡々とした口調。まるで過去にも同じような出来事に遭遇したことがあるような、そんな様子。
「入れ替わる? 何のこ――」
「ええっ、何でわかったの!? 麻里ちゃんすごぉーい!」
 しらばっくれようとした私の言葉を遮って、優子が感嘆の声を上げる。
 ――このバカ。
 思わず口走りそうになったのを何とか堪えるも脱力感が半端ない。隠し事をしない優子の素直な性格がこんなところで仇になるなんて。
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