テキスト(連載)

□Dream×Dream(完)/にゃんみな
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 夢は無意識の願望だとテレビか雑誌で見たことがある。
 それが本当だとすれば、ここ最近毎日のように見る夢は潜在意識の表れなのか――
 ラジオ番組の収録を終えた高橋みなみは、今朝も見た夢を思い返して深いため息をついた。公演もようやく千秋楽を迎えて落ち着いたというのに、心の方はずっとざわついて静まる気配がまったくない。
「ため息ばっかついてると幸せが逃げちゃうぞー」
「あー、うん、そーだよね……」
「っていってもチームAは千秋楽終わったばっかりだから疲れてるよね。二人ともおつかれさま」
「ありがと」
 峯岸みなみの労いの言葉に笑みを返すもどこかぎこちない。
「みいちゃんありがとー。たかみなはキャプテンだから私たちの倍疲れたよね。大丈夫?」
 突然覗き込んできた小嶋陽菜にびっくりして、みなみは大げさに仰け反った。椅子から転げ落ちそうになって、間一髪テーブルにしがみつく。
「危ないなぁ。大丈夫?」
「そんなオーバーリアクションしなくてもいいじゃんー」
「ご、ごめん、近くて、ちょっとびっくりした……」
 ぼんやりしていたところへの顔面のアップは心臓に悪い。それがため息の元凶である陽菜だからなおさらに。
「なにそれー。っていうかたかみなさぁ、最近私のこと意識的に避けてない?」
「んなことないって。にゃんにゃんの気のせいだよ」
 鋭いところを突かれたが、あえて否定の言葉を返す。本人を目の前に肯定なんて出来ないし、したところで理由を追求されそうだから正直に話すなどという選択肢はみなみにはなかった。
「そうかなー。何か態度がよそよそしい気がするんだけど。みいちゃんどう思う?」
「んー。しばらく二人に会ってなかったからよくわかんないけど、疲れてるだけじゃない?」
「そそ、ちょっと疲れてるだけ。数日したら元気になると思う」
 心境を汲み取って言ったわけではなさそうな峯岸の言葉に便乗して、みなみは苦笑いを見せた。公演や、その合間を縫ってのテレビの収録、雑誌の取材、休む隙のない過密なスケジュールに疲れているのも事実だ。嘘を言っているわけではないと自分を納得させて、不服そうに頬を膨らませる陽菜をじっと見つめる。
「それならいいんだけどぉ」
「へー。陽菜でもたかみなのことで拗ねることってあるんだ。いつも嫌がってるのに」
「だって、あからさまに目を逸らしたり話しかけようとした瞬間に逃げたり、普段呼ばなくても寄ってくる人にそんな態度取られたらさー。何かしたかなって思っちゃうじゃん」
 優子以外にはめったに見せることのない寂しそうな顔。そんな風に思っていたなんて露も知らず、罪悪感で胸が痛くなった。
「ごめん、ほんとそんなつもりじゃないんやって。キャパ超えると周りが見えなくなるっつーか……」
「嫌よ嫌よも好きのうちみたいになってたりして。押してダメなら引いてみろって感じで」
「やだー! 変な冗談言うのやめてよみいちゃん!」
「うわぁ、全力で否定ありがとうございまス……」
 最初の内は照れて嫌がってたのかとも思っていたが、最近は心底拒否されているような気がしてそのたびに泣きそうになる。優子と同じ行動を取っても、扱い方が天と地の差。ノースリーブスとして三人でいる時は多少マシではあっても、やっぱりどこか距離を置かれている感じは否めない。
「陽菜が本気で嫌がるからたかみな余計落ち込んだじゃん! もー、ほら、帰ろ。疲れてるんだから一人にしてあげようよ」
 空気を読んだ峯岸が椅子から立ち上がって陽菜の手を取る。一番年下なのに、こういうところでいつも助けられているなと感謝したくなった。
「気ぃ使ってくれてありがとね」
「ごめん、たかみな。私そんなつもりで言ったわけじゃ」
「わかってるってー。どうせいつものことやし」
 いつものこと、と言った瞬間に陽菜が一瞬だけ眉を顰めたことにみなみは気付いていた。日頃の態度からうっかり本音が漏れてしまって、いくらなんでも失礼だったかなと思ったものの、謝る気力は湧かない。
「早く元気になってね」
「うん。今日はゆっくり休むわ」
 バイバイ、と手を振る峯岸に力無く手を振り返す。陽菜は何も言わず、見向きもしないままにブースを出て行ってしまった。
 ――嫌われちったかな。
 目も合わせてくれなかった陽菜のしかめっ面を思い出して、今日だけで何度目かわからないため息とともに肩を落とす。
 
 毎日のように見る陽菜の夢。仕事が立て込んでいて浅い眠いのせいもあるが、疲れきって熟睡していた一日を除いては皆勤賞で、それがもう二週間も続いていた。
 何がきっかけなのかはわからない。夢の中で会話をしているわけでもない。必ず登場する彼女の動きを、まるで神の視点で見ているかのように追いかけているだけだった。ただそれだけのことなのに、現実世界で彼女を見ると心拍数が異常に上がってしまう。ちょっとした会話も持たなくて、理由をつけて逃げ出してしまう。
 寝ても覚めても陽菜のことばかり考えていて、正直気が狂いそうだった。理由が不明瞭なだけに、心に掛かるもやは晴れるどころか暗雲を立ち込める一方だ。
「あ……」
 ふと、テーブルの上にあるものに気付いてみなみは小さく声を上げた。
 陽菜が使っていたハンドタオルだった。
「ここ、もう締めるぞー」
「あ、すみません、すぐ出ます」
 必然的にそれを掴んで、みなみは慌ててブースを出る。
 二人の姿はもうそこにはなく、局のスタッフが慌ただしく廊下を駆け巡っている光景だけが視界に入った。
「どうすっかなこれ……」
 その流れにゆったりと乗りながら、手にしたハンドタオルをどのタイミングで返そうかと頭を悩ませる。
 番組の収録の時は大抵優子と一緒で入る隙がない。雑誌の撮影も同じく。事務所でばったり――することなど滅多にない。
 つまり、次のノースリー部の収録が一番最短、という結論に至った。
「はぁ。見なきゃよかった……」
 ふらふらと辿り着いた休憩所のソファーに倒れ込みながら、みなみは絶望したように項垂れた。
 ただでさえ毎日夢に現れるというのに、彼女の私物を持っていることでより鮮明な夢に悩まされることになるんじゃないか。そのうち夢の中でも嫌われて、本当に立ち直れなくなるんじゃないか。そもそもなんでこんな嫌われているんだろう。
「あー……」
 考えれば考えるほどぐるぐるして頭が痛くなってきた。局内は冷房が効いているはずなのに、熱を孕んだように身体が熱い。
 その時、頭上で鞄が震えた。どうせ迷惑メールの類だろうと放っておいたが、いつまで経っても振動は止まらない。電話かな、と寝転んだままに鞄を漁って、相手が誰かも確認せずに通話ボタンを押した。
「はい、高橋でース……」
『あ、私。たかみな、まだ局にいるー?』
「んー、うん? 休憩んとこ……どしたのみいちゃん」
『は? なにそれ。わざと言ってる?』
「え、と……みいちゃんにもなんかやったっけか……? ごめ、いま、気分悪くて……明日謝るから、ほんと、ごめ――」
『え? ちょっと、大丈夫? たかみなー?』
 身体を横にした途端に急激な眠気に襲われて、みなみは携帯を握りしめたまま意識を失うように瞼を閉じた。
 受話口から問い掛け続ける声は、もはや彼女の耳には届いていない。


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