テキスト(連載)

□秘密の関係(完)/こじゆう
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 悶々とした状態で臨んだ収録は申し訳ないぐらいに上の空で、 集中しなければいけない場面でもどうしても二人に意識がいってしまった。二人の間に麻里子が座っていたからかもしれないが、小休憩の間も普通に会話をしているし、いつも通り優子のセクハラも健在。ぎくしゃくした空気など微塵も感じられない。
 やっぱりこれはドッキリなんじゃないか。
 時間が経つにつれ、ひしひしと疑念が湧いてくる。しかし、過去のドッキリの場合は大抵番組収録中にネタばらしがあったが、今日に限ってそのような動きがまったく見られない。他のメンバーの様子を窺っても特にあやしい感じはしないし、優子と陽菜に至っては楽しそうに笑っている時間の方が長いぐらいだ。
「もぉ……マジでなんなんだよぉ……」
「たかみなさん。さっきから浮かない顔してますけど、どうかしたんですか?」
 右隣りに座る麻友が不思議そうに覗き込んでくる。諸悪の根源、と一瞬思ってしまったが悪気があって言ったわけではないと打ち消した。
「や、大丈夫。ちょっと考え事しててさ。ごめん、集中するわ」

 ――結局。
 ドッキリ発表はなく、何事もないままに収録が終わってしまった。

「おつかれさまでしたー」
 メンバーが各々、スタッフに挨拶をしてスタジオを出て行く。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
 件の二人もそれに続いてスタジオを出て行きそうになり、みなみは慌ててそれを引き止めた。
「なに? どしたのたかみな」
「えっと、だな……」
 怪訝そうに顔を顰めたのは優子だ。収録中とは態度が歴然の差。頼むから何も聞いてくれるなと表情が訴えている。陽菜はまるで聞こえていないかのように足を止めることなく麻里子と連れ立ってスタジオを出ていってしまった。
 やっぱり何かある――
 威圧感全開の優子に対して怯みそうになったが、ここで引いてしまっては問題を解決することが出来ないとみなみは腹を括った。
「ご飯食べにいかないか?」
「お腹空いてないし」
「じゃ、じゃあ喉渇いてない?」
「渇いてない」
「……ああ、もう、まどろっこしいのはいやだ。腹割って話そう。もやもやして気持ち悪い」
「腹割って何話すんだよ。わたしは話すことないけど」
 一刀両断。話の途中にも関わらず出て行こうとして、聞き入ってくれる感じがまったくない。
「私のこと、そんなに信用出来ないの」
 その言葉に、優子はぴたりと歩みを止める。
「……そういうわけじゃねーよ。これはわたしとにゃんにゃんの問題だから。メンバーには迷惑掛けないようにするし、たかみなも気にし――」
 優子が言い切る前に、みなみの平手が頬を撃ち抜いた。スタジオに残っていたスタッフやメンバーの視線が一気にそこへ集中する。
「っつ……」
「ざけんな。勝手に巻き込んでおいて気にすんなはありえねーだろ。バカにすんのもいい加減にしろよ」
「バカになんてしてねぇよ! ずかずか土足で踏み入れられたくないことだってあんだろ!」
「何!? 喧嘩!?」
 今にも殴り掛かりそうな勢いでみなみの胸倉を掴む優子にぎょっとして、峯岸みなみが間に割って入った。それでも勢いが止まりそうにないと判断した秋元才加が峯岸の反対側に回って二人を引き離す。
「やめろ! こんなとこで喧嘩すんじゃねぇよ!」
 優子は才加が、みなみは峯岸が支えるような形で対峙する。興奮していることもあって、二人の息は荒い。
「何があった?」
「何があったの?」
 才加と峯岸がほとんど同時に訊ねる。周囲の人間も物珍しそうにその動向を見守っているような感じである。
「……何でも、ない。ごめん」
 しばらく沈黙した後、今にも泣き出しそうな顔のまま、みなみはふらふらと歩き出す。
「お騒がせして、すみませんでした」
 周囲のスタッフに深々と頭を下げる。下を向いた途端に込み上げてくる涙が零れ落ちそうになって、逃げるようにその場から駆け出した。
 楽屋にはメンバーがいる。廊下の階段はスタッフが数多く行き来している。逃げ込める場所は、トイレぐらいか――
 無我夢中で駆けながらも冷静に考えて、とりあえずトイレの個室に籠って一人で考えようと楽屋から少し離れたトイレへと向かった。そこならメンバーもスタッフもいないだろう。
 勢いよく扉を開いた先は、案の定人の気配はなかった。ほっとして洗面所の鏡に映る自分の姿をじっと見る。
「ボロボロやん……だっせ」
 メイクは涙でドロドロ。目は泣き腫らして充血気味。とてもじゃないがみんなの前に出て行ける状態ではなかった。
 洗面台で顔を洗い流す。優子とのやりとりを思い出して、自己嫌悪に陥った。
 ギスギスしたのが嫌だなんてでかい口叩いて、そのくせ自分から突っかかって結局ギスギスさせて。触らぬ神に祟りなしとはこういうことを言うのだと痛感した。あのまま引き下がっていれば、優子を怒らせることはなかったのに。
 誰かに話を聞いてもらいたい。けど、事情が事情なだけに打ち明けることが出来ない。
 お節介に近い自分の性格を軽く呪いたくなった。
 とにかく三十分ぐらいはここで時間を潰して、頃合いを見計らってから楽屋へと戻ろう。
 締りのない顔をしゃっきりさせるように両手で叩いて、落ち着くように深呼吸をした。
 その時、入口の扉が開く音がしてみなみはぎくりと身体を震わせた。すりがらす越しに映った髪型のシルエットで、相手が誰なのかもすぐにわかった。
「たかみなみーっけ。こんなとこにいたんだ」
 私服に着替えた陽菜は中の様子をおそるおそる窺うように顔だけ覗かせている。それから周りに人がいないことを確認して、そっと中へと入ってきた。
「……どしたの。向こうのトイレ混んでた?」
 取り繕うように笑って見せるけど表情筋がうまく働いてくれずにどこかぎこちない。
「スタジオでゆうちゃんと喧嘩してたってみいちゃんが言ってたから。戻ってこないから探しにきたんだよー」
「あー……あれはなんていうか、私が全面的に悪いんだわ。落ち着いたら優子にはちゃんと謝るよ。わざわざ探しに来てくれてありがと」
 喧嘩の原因が自分たちのことだということに気付いているのだと思う。多少なりとも申し訳ないという気持ちはあるのだろう。日頃から他人にあまり興味を持たない陽菜だから、これぐらいのことで探しに来たりなどまずしない。
「あのさー。喉、乾かない?」
 陽菜はいつも突拍子ない。こういう時は大抵奢らされる――というか衝動的に奢ってしまう――のだが、さすがに今日ばかりはそういう気になれない。手持ちがないということもあるし、優子にしてしまったみたいに変に突っかかって陽菜を傷つけたくはなかったから。
「ごめん。財布楽屋だから、今日は奢れないわー」
「なにそれー。まるで私がいつも奢らせてるみたい……って事実か。ごめんねー。今日は陽菜が奢るから。行こうよ、ね?」
 優しく微笑みかけられて、挙句に手を握られて。これで拒否出来る人がいるのだろうか。否、いるわけがない。こういうさり気ない仕草で人の心をくすぐるのが本当にうまい。
「……にゃんにゃんが奢ってくれるとか雨降りそ」
「残念でしたー。もう降ってた」
「降ってるんかーい!」
 冗談で言ったのに既に降っているなんて真顔で言われて笑わずにはいられなかった。
 慣れないことをすると天気が崩れる確率。陽菜はメンバーの中でもダントツでナンバーワンを取るんだろうな。脹れっ面の横顔を見上げながら、みなみは何となくそう思った。
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